居られぬ。八年前余は独歩《どっぽ》嵐山から高尾に来た時、時雨《しぐれ》に降られて、梅が畑の唯有《とあ》る百姓家に※[#「足へん+包」、第3水準1−92−34]《か》け込んで簑《みの》を借りた。山吹の花さし出す娘はなくて、婆《ばあ》さんが簑を出して呉れたが、「おべゝがだいなしになるやろ」と云うので、余は羽織《はおり》を裏返えしに着て、其上に簑を被《はお》り、帽子を傾けて高尾に急いだ。瓢箪《ひょうたん》など肩にして芸子と番傘の相合傘《あいあいがさ》で帰って来る若い男等が、「ヨウ、勘平|猪打《ししうち》の段か」などゝ囃《はや》した。
 いよ/\高尾に来た。車を下りて、車夫《くるまや》に母を負うてもらい、白雲橋を渡って、神護寺内《じんごじない》の見晴らしに上った。紅葉《もみじ》はまだ五六分と云う処である。かけ茶屋の一に上《あが》って、姉が心尽しの弁当を楽《たの》しく開いた。余等はまた土皿投《かわらけな》げを試みた。手をはなれた土皿は、ヒラ/\/\と宙返《ちゅうがえ》りして手もとに舞い込む様に此方《こなた》の崖に落ち、中々|谷底《たにそこ》へは届《とど》かぬ。色々の色に焦《こが》れて居る山と山との間の深い谷底を清滝川《きよたきがわ》が流れて居る。川下が堰《せ》きとめられて緑礬色《りょくばんいろ》の水が湛え、褐色《かっしょく》の落葉が点々として浮いて居る。
「水を堰《せ》いて如何《どう》するのかな」
「水力電気たら云うてな、あんたはん」と茶を持て来たおばこのかみさんが云う。
 余は舌鼓《したつづみ》をうった。
 余等は高尾を出て、清滝川に沿うて遡《さかのぼ》り、槇の尾を経て、栂の尾に往った。
 栂《とが》の尾は高尾に比して瀟洒《しょうしゃ》として居る。高尾から唯少し上流に遡《さかのぼ》るのであるが、此処の楓《もみじ》は高尾よりも染《そ》めて居る。寺畔の茶屋から見ると、向う山の緑青《ろくしょう》で画《か》いた様な杉の幾本《いくもと》に映《うつ》って楓の紅が目ざましく美しい。斯栂の尾の寺に、今は昔先輩の某が避暑《ひしょ》して居たので、余は同窓《どうそう》の友と二三日泊りがけに遊びに来たものだ。其は余が十二の夏であった。余等は毎日寺の下の川淵《かわぶち》に泳《およ》ぎ、三度※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]|南瓜《とうなす》で飯を食わされた。村から水瓜《すい
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