身の滅亡《めつぼう》である。
 彼旗を撤《てっ》し、此望台を毀《こぼ》ち、今自然も愁《うれ》うる秋暮の物悲しきが上に憂愁不安の気雲の如く覆《おお》うて居る斯千歳村に、雲霽れてうら/\と日の光《ひかり》射《さ》す復活の春を齎《もた》らすを得ば、其時こそ京王の電鉄も都と田舎を繋《つな》ぐ愛の連鎖、温《あたた》かい血の通《かよ》う脈管《みゃくかん》となるを得るであろう。
[#地から3字上げ](大正元年 十一月八日)
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     暮秋の日

 竜田姫《たつたひめ》のうっとりと眼を細《ほそ》くし、またぱっと目を※[#「目+登」、第3水準1−88−91]《みひ》らく様な、曇りつ照りつ寂しい暮秋の日。
 暦《こよみ》の冬は五六日前に立った。霜はまだ二朝《ふたあさ》三朝《みあさ》、しかも軽いのしか降《ふ》らない。但先月の嵐が累《るい》をなしたのか、庭園の百日紅、桜、梅、沙羅双樹《さらそうじゅ》、桃、李、白樺、欅、厚朴《ほう》、木蓮の類の落葉樹は、大抵葉を振うて裸になり、柿やトキワカエデの木の下には、美しい濶《ひろ》い落葉《おちば》が落葉の上に重《かさ》なって厚い茵《しとね》を敷いて居る。菊はまだ褪《うつろ》わずして狂うものは狂いそめ、小菊、紺菊の類は、園の此処彼処にさま/″\な色を見せ、紅白の茶山花《さざんか》は枝上地上に咲きこぼれて居る。ドウダン、ヤマモミジ、一行寺、大盃、イタヤ、ハツシモ、など云う類《たぐい》の楓《かえで》や銀杏《いちょう》は、深く浅く鮮やかにまた渋《しぶ》く、紅、黄、褐《かち》、茜《あかね》、紫さま/″\の色に出で、気の重い常緑木《ときわぎ》や気軽な裸木《はだかぎ》の間を彩《いろ》どる。常緑木の中でも、松や杉は青々とした葉の下に黄ばんだ古葉《ふるは》を簇々《むらむら》と垂《た》れて、自ら新にす可く一吹《いっすい》の風を待って居る。菊、茶山花の香を含んで酒の様に濃い空気を吸いつゝ、余はさながら虻《あぶ》の様に、庭から園、園から畑と徘徊《はいかい》する。庭を歩く時、足下に落葉がかさと鳴る。梅の小枝に妙な物がと目をとめて見ると、蛙《かわず》の干物《ひもの》が突刺してある。此はイタズラ小僧の百舌鳥《もず》めが食料に干《ほ》して置《お》いて其まゝ置き忘れたのである。園を歩く時、大半は種になったコスモスの梢《こずえ》に咲き残った紅白の花が三つ四つ淋《さび》
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