ちちゅう》したが、終《つい》に女児《じょじ》と犬を下に残して片手|欄《てすり》を握りつゝ酒樽の薦《こも》を敷いた楷梯《はしご》を上った。北へ、折れて西へ、折れて南へ、三|重《じゅう》の楷梯を上って漸く頂上に達した。中々高い。頂《いただき》は八分板を並べ、丈夫に床《ゆか》をかいてある。
 余は思わず嗟嘆《さたん》して見廻《みま》わした。好い見晴らしだ。武蔵野の此辺では、中々斯程の展望所は無い。望台を中心としてほゞ大円形《だいえんけい》をなした畑地は、一寸程になった麦の緑縞《みどりじま》、甘藷《さつま》を掘ったあとの紫がかった黒土、べったり緑青《ろくしょう》をなすった大根畑、明るい緑色の白菜畑《はくさいばたけ》、白っぽい黄色の晩陸稲《おくおかぼ》、入乱れて八方に展開し、其周囲には霜《しも》に染《そ》みた雑木林、人家を包む樫《かし》木立《こだち》、丈高い宮の赤松などが遠くなり近くなりくるり取巻《とりま》いて居る。北を見ると、最早《もう》鉄軌《れえる》を敷いた電鉄の線路が、烏山の木立の間に見え隠れ、此方《こなた》のまだ枕木も敷かぬ部分には工夫が五六人|鶴嘴《つるはし》を振《ふ》り上げて居る。西を見れば、茶褐色に焦《こが》れた雑木山の向うに、濃い黛色《たいしょく》の低い山が横長く出没して居る。多摩川《たまがわ》の西岸を縁《ふち》どる所謂多摩の横山で、川は見えぬが流れの筋《すじ》は分明《ぶんみょう》に指さゝれる。少し西北には、青梅《あおめ》から多摩川上流の山々が淡く見える。西南の方は、富士山も大山も曇った空に潜《ひそ》んで見えない。唯|藍色《あいいろ》の雲の間から、弱い弱い日脚《ひあし》が唯一筋|斜《はす》に落ちて居る。
 やゝ久しく吾を忘れて眺《なが》め入った余は、今京王電鉄が建てた墓地敷地展望台の上に立って居ることに気がついた。余は更に目をあげてあたりを見廻わした。此望台を中心として、二十万坪六十余町歩の耕地宅地を包囲して、南に東に北に西に規則正しく間隔《かんかく》を置いて高く樹梢に翻って居る十数流の紅白旗は、戦わずして已に勝を宣する占領旗《せんりょうき》かと疑われ、中央に突立ってあたり見下《みお》ろす展望台は、蠢爾《しゅんじ》としてこゝに耕す人と其|住家《すみか》とを呑《の》んでかゝって威嚇《いかく》して居る様で、余は此展望台に立つのが恥かしくなった。
 雪空の様に曇りつ
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