》って細君が鶴子の為に瓜燈籠《うりどうろう》をつくり、帆かけ舟を彫《ほ》って縁につり下げ、しば/\風に吹き消《け》されながら、小さな蝋燭をともした。緑色に透《す》き徹《とお》った小天地、白い帆かけ舟が一つ中にともした生命《いのち》の火のつゞく限りいつまでもと其|表《おもて》を駛《はし》って居る。
[#地から3字上げ](明治四十五年 七月十八日)
[#改ページ]

     明治天皇崩御の前後

       一

 明治四十五年七月二十一日。
 日曜だが、起きぬけに二時間の芝苅《しばかり》。
 天皇陛下|御不例《ごふれい》の発表があった。わざ/\発表がある程だ。御重態《ごじゅうたい》の程も察せられる。
 真黒い雲が今我等の頭上《ずじょう》を覆《おお》うて居る。

           *

 午後二時過ぎ、雷鳴、電光、沛然《はいぜん》と降雨があった。少し雹《ひょう》が雑《まじ》って居た。
 月番から回章《かいしょう》で、二十七日から二十九日まで、「総郷|上《あが》り正月」のふれが来た。中日が総出で道路の草苅りだ。回章の月番の名に、見馴《みな》れた寺本の七蔵の名はなくて、息子《むすこ》の喜三郎の名が見える。七蔵さんは此六日に亡《な》くなったのである。変った月番の名を見て、一寸《ちょっと》哀愁《あいしゅう》を覚えた。

       二

 七月二十二日。
 土用三郎と云うに、昨日の夕立以来、今日も曇《くも》って涼しいことである。
 白桔梗《しろききょう》、桔梗の花が五つ六つ。白っぽけた撫子《なでしこ》の花が二つ三つ。芝生《しばふ》の何処かで、※[#「虫+慈」、下巻−68−4]※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《じじじ》と虫が鳴いて居る。
 寂《さび》しい。
 見る/\小さな雨がほと/\落ちて来た。
 寂しい。
[#ここから3字下げ]
夏さびし桔梗《きちかう》の花五つ六つ小雨《こさめ》まじりに虫の声して
[#ここで字下げ終わり]

       三

 七月三十日。
 例《れい》によって芝苅り。終って、桃の木の下で水蜜桃《すいみつとう》の立喰《たちぐい》。
 大きなプリマウス種の雄鶏《おんどり》が、鶏舎の外で死んで居た。羽毛が其処《そこ》此処《ここ》にちらかって居る。昨夜鶏舎の戸をしめる時|誤《あやま》って雄鶏をしめ出したので、夜中|鼬《いたち
前へ 次へ
全342ページ中267ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 蘆花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング