であろうか、と気にかゝらぬではなかったが、推移《おしうつ》って居る内に、突然翁の訃報《ふほう》が来た。
 翁は十月十五日、八十三歳の生涯を斗満なる其子の家に終えたのである。翁の臨終《りんじゅう》には、形《かたち》に於て乃木翁に近く、精神に於てトルストイ翁に近く、而して何《いず》れにもない苦しみがあった。然し今は詳《つまびらか》に説く可き場合でない。
 翁の歌に、
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遠く見て雲か山かと思ひしに
    帰ればおのが住居《すまひ》なりけり
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 遮莫《さもあらばあれ》永い年月《としつき》の行路難《こうろだん》、遮莫《さもあらばあれ》末期《まつご》十字架の苦《くるしみ》、翁は一切《いっさい》を終えて故郷《ふるさと》に帰ったのである。
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     次郎桜

 朝、珍らしく角田《つのだ》の新五郎さんが来た。何事か知らぬが、もうこゝでと云うのを無理やりに座敷《ざしき》に請《しょう》じた。新五郎さんは耶蘇《やそ》信者《しんじゃ》で、まことに善良な人であるが、至って口の重い人で、疎遠《そえん》の挨拶《あいさつ》にややしばし時間を移《うつ》した。それから新五郎さんは重い口を開いて、
「実は――隣《となり》の勘五郎さんでございますが、其の――勘五郎さん処《とこ》の次郎さんが亡くなられまして――」
「エッ、次郎さんが? 次郎さんが死んだんですか」
 青山《あおやま》学院《がくいん》で最早《もう》試験前の忙《せわ》しくして居るであろうと思った次郎少年が死んだとは、嘘《うそ》の様な話だ。
 新五郎さんは、持て来た医師の診断書を見せた。急性肺炎とある。急報に接して飛んで往った次郎さんの阿爺《おとっさん》も、間《ま》に合わなかったそうである。夜にかけて釣台《つりだい》にのせて連れて来て、組合中《くみあいじゅう》の都合《つごう》で今日《きょう》葬式《そうしき》をすると云うのである。
 新五郎さんは直ぐ帰り、夫婦も直ぐあとから出かけた。
 次郎さんは、千歳村《ちとせむら》で唯五軒の耶蘇信者の其一軒に生れて、名の如く次男であった。粕谷《かすや》の夫妻が千歳村に移住《いじゅう》した其春、好成績《こうせいせき》で小学校を卒業し、阿爺は師範《しはん》学校《がっこう》にでも入れようかと云って居たのを、勧《すす》めて青山学院に入れた。学資不足なので、彼
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