》に雪の積るに任せて居る。枯萩《かれはぎ》の一叢《ひとむら》が、ぴったりと弓形《ゆみなり》に地に平伏《ひれふ》して居る。余は思わず声を立てゝ笑った。背向《うしろむ》きの石地蔵《いしじぞう》が、看護婦の冠る様な白い帽子を被《き》せられ、両肩《りょうかた》には白い雪のエパウレットをかついで澄まして立ってござるのだ。
 余は障子をしめて内に入り、仕事にかゝる前に二通の手紙を書いた。筑波山下《つくばさんか》の医師《いし》なる人に一通。東京銀座の書店主人に一通。水国《すいこく》の雪景色と、歳晩《さいばん》の雪の都会の浮世絵が幻《まぼろし》の如く眼の前に浮ぶ。手紙を書き終えて、余は書き物をはじめた。障子が段々《だんだん》眩《まぶ》しくなって、時々|吃驚《びっくり》する様な大きな響《おと》をさしてドサリ撞《どう》と雪が落ちる。机の傍《そば》では真鍮《しんちゅう》の薬鑵《やかん》がチン/\云って居る。
 午餐《ごさん》の案内に鶴子が来た。室を出て見ると、雪はぽつり/\まだ降って居るが、四辺《あたり》は雪ならぬ光を含んで明るく、母屋《おもや》前《まえ》の芝生は樫の雫《しずく》で已に斑《まだら》に消えて居る。
「何だ、此れっ切りか。春の雪の様だね」
 斯《か》く罵《ののし》りつゝ食卓《しょくたく》に就《つ》く。黒塗膳《くろぬりぜん》に白いものが三つ載《の》せてある。南天《なんてん》の紅《あか》い実《み》を眼球《めだま》にした兎《うさぎ》と、竜髭《りゅうのひげ》の碧《あお》い実《み》が眼球《めだま》の鶉《うずら》や、眉を竜髭の葉にし眼を其実にした小さな雪達磨《ゆきだるま》とが、一盤《ひとばん》の上に同居して居る。鶴子の為に妻が作ったのである。
「此《この》達磨《だるま》さん西洋人《せいようじん》よ、だって眼が碧《あお》いンですもの」と鶴子が曰《い》う。
 雪で、今日は新聞が来《こ》ぬ。朝は乳屋《ちちや》、午後は七十近い郵便《ゆうびん》配達《はいたつ》の爺《じい》さんが来たばかり。明日《あす》の餅搗《もちつ》きを頼んだので、隣の主人《あるじ》が糯米《もちごめ》を取りに来た。其ついでに、蒸《ふ》かし立ての甘藷《さつまいも》を二本鶴子に呉《く》れた。
 余は奥座敷で朝来《ちょうらい》の仕事をつゞける。寒いので、しば/\火鉢《ひばち》の炭《すみ》をつぐ。障子がやゝ翳《かげ》って、丁度《ちょうど》好い程の明《あかり》になった。颯《さあ》と云う音がする。轟《ごう》と云う響《ひびき》がする。風が出たらしい。四時やゝ廻《まわ》ると、妻が茶《ちゃ》を点《い》れ、鶴子が焼栗《やきぐり》を持て入って来た。
「雪水《ゆきみず》を沸《わ》かしたのですよ」
と妻が曰《い》う。ペンを擱《さしお》いて、取あえず一|碗《わん》を傾《かたむ》ける。銀瓶《ぎんびん》と云う処だが、やはり例《れい》の鉄瓶《てつびん》だ。其れでも何となく茶味《ちゃみ》が軟《やわら》かい。手々《てんで》に焼栗を剥《む》きつゝ、障子をあけてやゝしばし外を眺める。北から風が吹いて居る。田圃《たんぼ》向《むこ》うの杉の森を掠《かす》めて、白い風が弗《ふっ》、弗《ふっ》と幾陣《いくしきり》か斜《はす》に吹き通る。庭の内では、蛾《が》の如く花の様な大小の雪片《せっぺん》が、飛《と》んだり、刎《は》ねたり、狂《くる》うたり、筋斗翻《とんぼがえり》をしたり、ダンスをする様にくるりと廻《まわ》ったり、面白そうにふざけ散らして、身軽《みがる》に気軽《きがる》に舞うて居る。消えかけて居た雪の帽が、また地蔵の頭上に高くなった。庭の主貌《あるじがお》した赤松の枝から、時々サッと雪の滝《たき》が落ちる。
「今夜も降りますよ」
 斯く云いすてゝ妻は鶴子と立って往った。
 余は風雪の音を聞き/\仕事をつゞける。一枚も書くと、最早《もう》書く文字がおぼろになった。余はペンを拭《ふ》いて、立って障子をあけた。
 蒼白《あおじろ》い雪の黄昏《たそがれ》である。眼の届く限り、耳の届く限り、人通りもない、物音もしない。唯雪が霏々《ひひ》また霏々と限りもなく降って居る。良《やや》久《ひさ》しく眺める。不図|縁先《えんさき》を黒い物が通ると思うたら、其《それ》は先月来余の家に入込んで居る風来犬《ふうらいいぬ》であった。まだ小供※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]した耳の大きな牝犬《めいぬ》で、何処から如何《どう》して来たか知らぬが、勝手にありついて、追えども逐えども去ろうともせぬ。余の家には雌雄《しゆう》二|疋《ひき》の犬が居るので、此上牝犬を飼うも厄介である。わざ/\人を頼んで、玉川向うへ捨てさせた。すると翌日ひょっくり帰って来た。汽車に乗せたらと謂《い》って、荻窪《おぎくぼ》から汽車で吉祥寺《きちじょうじ》に送って、林の中に
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