》」とかの画《え》になりそう。

           *

 細君が指輪《ゆびわ》をなくしたので、此頃勝手元の手伝《てつだ》いに来る隣字《となりあざ》のお鈴《すず》に頼み、吉《きち》さんに見てもらったら、母家《おもや》の乾《いぬい》の方角《ほうがく》高い処にのって居る、三日《みっか》稲荷様《いなりさま》を信心すると出て来る、と云うた。
 吉さんは隣字の人で、日蓮宗の篤信者《とくしんじゃ》、病気が信心で癒《なお》った以来千里眼を得たと人が云う。吉凶《きっきょう》其他分からぬ事があれば、界隈《かいわい》の者はよく吉さんに往って聞く。造作《ぞうさ》なく見てくれる。馬鹿にして居る者もあるが、信ずる者が多い。信ずる者は、吉さんの言《ことば》で病気も癒《なお》り、なくなったものも見出す。此辺での長尾《ながお》郁子《いくこ》、御船《みふね》千鶴子《ちづこ》である。
 裏の物置に大きな青大将《あおだいしょう》が居る。吉さんは、其れを先々代の家主のかみさんの霊《れい》だと云う。兎に角、聞く処によれば、これまで吉さんの言が的中《てきちゅう》した例は少なくない。吉さんは人の見得ないものを見る。汽車の轢死人《れきしにん》があった処を吉さんが通ると、青い顔の男女《なんにょ》がふら/\跟《つ》いて来て仕方《しかた》がないそうだ。
 余の家にも他の若い者|並《なみ》に仕事に来ることがある。五十そこらの、瘠《や》せて力があまりなさそうな無口な人である。
 我等は信が無い為に、統一が出来ない為に、おのずから明瞭なものも見えず聞こえずして了うのである。信ずる者には、奇蹟は別に不思議でも何でもない筈《はず》だ。
 然しながら我等|凡夫《ぼんぷ》は必しも人々尽く千里眼たることは出来ぬ。また必ずしも悉く千里眼たるを要せぬ。長尾郁子や千鶴子も評判が立つと間もなく死んで了うた。不信が信を殺したとも云える。また一方から云えば、幽明《ゆうめい》、物心《ぶっしん》、死生《しせい》、神人《しんじん》の間を隔《へだ》つる神秘の一幕《いちまく》は、容易に掲《かか》げぬ所に生活の面白味《おもしろみ》も自由もあって、濫《みだ》りに之を掲ぐるの報《むくい》は速《すみ》やかなる死或は盲目である場合があるのではあるまいか。命を賭《と》しても此帷幕の隙見《すきみ》をす可く努力せずに居られぬ人を哂《わら》うは吾儕《われら》が鈍《どん》な高慢《こうまん》であろうが、同じ生類《しょうるい》の進むにも、鳥の道、魚の道、虫《むし》の道、また獣《けもの》の道もあることを忘れてはならぬ。
 吾儕《われら》は奇蹟を驚異し、透視《とうし》の人を尊敬し、而して自身は平坦な道をあるいて、道の導く所に行きたいものである。

           *

 夜、鶴子《つるこ》が炬燵《こたつ》に入りながら、昨日東京客からみやげにもらった鉛筆で雑記帳にアイウエオの手習《てならい》をしたあとで、雑記帳の表紙《ひょうし》に「トクトミツルコノデス」と書き、それから
[#ここから3字下げ]
コイヌガウマレマシテ、カワイコトデアリマス
[#ここで字下げ終わり]
と書いた。これは鶴子女史が生れてはじめての作文だ。細君が其下に記憶の為「ゴネントムツキ」と年齢《とし》をかゝせた。
[#地から3字上げ](明治四十四年 十二月十日)
[#改ページ]

     雪

 暮の廿八日は、午食前《ひるめしまえ》から雨になり、降りながら夜に入った。
 夜の二時頃、枕辺《まくらべ》近く撞《どす》と云った物音《ものおと》に、余は岸破《がば》と刎《は》ね起きた。身繕《みづくろ》いしてやゝしばし寝床《ねどこ》に突立《つった》って居ると、忍び込んだと思った人の容子《ようす》は無くて、戸の外《そと》にサラ/\サラ/\忍びやかな音がする。
「雪だ!」
 先刻《さっき》の物音は、樫《かし》の枝を滑り落ちた雪の響《おと》だったのだ。余は含笑《ほほえ》みつゝまた眠った。
 六時、起きて雨戸をあけると、白い光《ひかり》がぱっと眼を射《い》た。縁先《えんさき》まで真白だ。最早《もう》五寸から積って居るが、まだ盛《さかん》に降って居る。
 去年は暖かで、ついぞ雪らしい雪を見なかった。年の内に五寸からの雪を見ることは、余等が千歳村の民になってからはじめてゞある。
 余は奥書院《おくしょいん》の戸をあけた。西南を一目に見晴《みは》らす此処《ここ》の座敷は、今雪の田園《でんえん》を額縁《がくぶち》なしの画《え》にして見せて居る。庭の内に高低《こうてい》参差《しんし》とした十数本の松は、何れも忍《しの》び得る限《かぎ》り雪に撓《た》わんで、最早|払《はら》おうか今払おうかと思い貌《がお》に枝を揺々《ゆらゆら》さして居る。素裸《すっぱだか》になってた落葉木《らくようぼく》は、従順《すなお
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