すら初めて見た時は魘《おび》えて泣いた。「白《しろ》」が居た頃、此犬は毎《つね》に善良な「白」を窘《いじ》め、「白」を誘惑して共に隣家《となり》の猫を噛《か》み殺し、到頭《とうとう》「白」を遠方《えんぽう》にやるべく余儀なくした、云わば白の敵《かたき》である。白の主人の彼は此犬を憎《にく》んで、打殺そうとしば/\思った。デカが来《こ》ぬ間《うち》は、此犬もピンに通うて来た犬の一つであった。其犬すら雌犬《めいぬ》のピン故に、ピンの主人の彼に斯く媚《こ》びるのである。甚あわれになった。天狗犬は訴うる様な眼付《めつき》をしてしば/\彼を見上げ、上高井戸に往《い》って復《かえ》るまで、始終彼にくっついて歩《ある》いた。
帰って家近くなると、天狗犬はデカを恐れて、最早《もう》跟《つ》いて来なかった。ピンの主人を見送って、悄然《しょうぜん》と櫟《くぬぎ》の下の径《こみち》に立て居った。
*
先日|行衛《ゆくえ》不明で、若《もし》来たら留めて置いてくれと照会があった角谷《すみや》の消息《しょうそく》が分かった。彼は十八日の夜、大森停車場附近で鉄道自殺を遂げたのである。
彼《あの》オトナしい角谷、今年《ことし》十九の彼|律義《りちぎ》な若者が――然し此驚きは、我|迂濶《うかつ》と浅薄《せんぱく》を証拠《しょうこ》立《だ》てるに過ぎぬ。
角谷は十三四の年地方から出京して、其主人は親類筋《しんるいすじ》に当る某書店に奉公した。美的百姓が「寄生木《やどりぎ》」を出す時、角谷は其《その》校正《こうせい》を持って銀座と粕谷の間を自転車で数十回往復した。著者が校正を見る間に、彼は四歳の女児《じょじ》の遊び相手になったり、根が農家の出身だけに、時には鍬取《くわと》りもしてくれた。ルビ振りを手伝えと云うたら、頭を掻《か》いて尻ごみした。眉の濃い、眼の可愛い、倔強《くっきょう》な田舎者らしい骨格をしながら色の少し蒼《あお》い、真面目《まじめ》な様で頓興《とんきょう》な此十七の青年と、著者の家族は大分懇意になった。角谷は自分の巾着から女児に鼠《ねずみ》の画本《えほん》など買って来た。一度日本橋で、著者の家族三人、電車満員で困って居ると、折から自転車で来かゝった彼が見かけて、自転車を知辺《しるべ》の店に預け、女児を負って新橋まで来てくれた。去年の夏の休には富士《ふじ》山
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