ンタァ君、スパニール君、美君、醜君……婿《むこ》八人どころの騒ぎではない。デカも昨春までは、其一人であったが、抜群の強猛《きょうもう》故に競走者を追払《おっぱら》って、押入婿《おしいりむこ》になり済《す》ましたのである。今は正規の夫婿顔《ふせいがお》して、凡そ眼の届《とど》かん限り、耳の聞かん限り、一切の雄犬《おいぬ》を屋敷の内へは入れぬ。其目一たび雄犬の影を見ようものなら、血相変えて追払う。宛ながら足の四本に止まるを憾《うら》むが如く、一口《ひとくち》に他の犬を喰《く》うてしまうことが出来ぬを悲しむ如く、醜《しこ》の壮夫《ますらお》デカ君が悲鳴をあげつゝ追駈《おっか》ける。其時はピンもさながらデカに義理を立てるかの如く、横合《よこあい》からワン/\吠《ほ》えて走って行く。
最初飼った「白《しろ》」は弱虫だったので、交尾期には他の強い犬に噛まれて、毎《つね》に血だらけになった。デカは強いので、滅多に敗《ひけ》は取らぬ。然し其悲鳴して他の雄犬を追かける声は、世にも情無《なさけな》げな、苦痛其ものゝ声である。弱い者素より苦み、強い者がまた苦む。生物《せいぶつ》は皆苦む。思うに惨《いた》ましく、見るに浅ましい。然し此れが自然の約束である。即ち命を捨てゝも命は自己を伝えずには措《お》かぬ。
都々逸《どどいつ》氏《し》歌うて曰く、
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色のいの字と命《いのち》のいの字
そこで色事《いろごと》命がけ
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生殖は命がけ。嫉妬は必死。遊戯で無い。
命がけで入り込んで、生殖の為に一命を果した彼|無名犬《ななしいぬ》の死骸を、欅《けやき》の根もとに葬《ほうむ》った。向うの方には、二本投げ出した前足《まえあし》に頭《あたま》をのせて、頬杖《ほおづえ》つくと云う見得《みえ》でデカがけろりとして眺めて居た。
*
二時間の後、用達《ようたし》に上高井戸に出かけた。八幡《はちまん》の阪で、誰やら脹脛《ふくらはぎ》を後から窃《そ》と押す者がある。ふっと見ると、烏山《からすやま》の天狗犬《てんぐいぬ》が、前足を挙《あ》げて彼の脛《はぎ》を窃と撫《な》でて彼の注意を牽《ひ》いたのである。此犬はあまり大きくもないが、金壺眼《かなつぼまなこ》の意地悪い悪相《あくそう》をした犬で、滅多《めった》に恐怖と云うものを知らぬ鶴子
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