頂《さんちょう》から画はがきをよこしたりした。
 来たら留めて置いてくれとのはがきに接した時、いさゝか不審に思いは思いながら、まさか彼が生《せい》を見捨《みす》てようとは思わなかった。
 角谷は十二日から三日間、例によって夏休をもろうた。十一日に貯金の全部百二十円を銀行から引出し、同店員で従兄《いとこ》に当る若者|宛《あて》の遺書《いしょ》を認《したた》め、己がデスクの抽斗《ひきだし》に入れた。其の遺書には、自分は十九歳を一期《いちご》として父の許《もと》へ行く――父は前年郷里で死んだ――主人には申訳《もうしわけ》が無いから君から宜しく云うてくれ、荷物は北海道に居る母の許に送ってくれ、運賃として金五円|封入《ふうにゅう》して置く、不足したら店員某に七十二銭の貸しがあるから、其れで払ってくれ、と書いてあった。
 十二日には、主人の出社を待って、暇乞《いとまごい》して店を出で、麻布の伯父の家を訪《と》うて二階に上り、一時間半程|眠《ねむ》った。それから日比谷《ひびや》で写真を撮《と》って、主人、伯父、郷里の兄、北海道の母に届《とど》く可く郵税《ゆうぜい》一切《いっさい》払《はら》って置いた。日比谷から角谷は浅草《あさくさ》に往った。浅草公園の銘酒屋《めいしゅや》に遊んで、田舎出の酌婦《しゃくふ》に貯蓄債券《ちょちくさいけん》をやろうかなどゝ戯談《じょうだん》を云った。彼は製本屋《せいほんや》の職工から浅草、吉原の消息を聞いて居たのである。
 角谷の踪跡《そうせき》は此処《ここ》ではたと絶えた。其れから一週間彼は何処《どこ》を如何《どう》迷うて歩いたか、一切分からぬ。
 十八日の夜八時過ぎ、神戸発新橋行の急行列車が、角谷の主人の居に近い大森で一人の男子を轢《ひ》いた。足は切れ、顔もメチャ/\になって居たが、濃い眉で角谷と分かった。店を出る時白がすりを着て出たが、死骸は紺飛白《こんがすり》を着て居た。百二十円の貯金全部を引出した角谷の蟇口《がまぐち》には、唯一銭五厘しか残って居なかった。死骸は護謨《ごむ》草履《ぞうり》を穿《は》いて居た。護謨草履が欲しい/\と角谷は云って居たのであった。
 彼は久しく死ぬ/\と云って居た。死ぬ/\と云って死ぬ者はないものだ、貯金なぞ精出して死ぬ者があるか、と他の店員が笑うと、死ぬ前には奇麗に使って仕舞《しま》うと角谷は戯談の様に云って居た。
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