さき》が彼《かの》留吉《とめきち》、中にお花さんが甲斐※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《かいかい》しく子を負《お》って、最後に彼ヤイコクがアツシを着《き》、藤蔓《ふじづる》で編《あ》んだ沓《くつ》を穿《は》き、マキリを佩《は》いて、大股《おおまた》に歩いて来る。余は木蔭から瞬《またた》きもせず其|行進《マアチ》を眺めた。秋|寂《さ》びた深林《しんりん》の背景《はいけい》に、何と云う好調和《こうちょうわ》であろう。彼等アイヌは亡《ほろ》び行く種族《しゅぞく》と看做《みな》されて居る。然し此|森林《しんりん》に於て、彼等は正《まさ》に主《あるじ》である。眼鏡《めがね》やリボンの我等は畢竟《ひっきょう》新参《しんざん》の侵入者《しんにゅうしゃ》に過ぎぬ。余は殊《こと》に彼ヤイコクが五束《いつつか》もある鬚髯《しゅぜん》蓬々《ぼうぼう》として胸《むね》に垂《た》れ、素盞雄尊《すさのおのみこと》を見る様な六尺ゆたかな堂々《どうどう》雄偉《ゆうい》の骨格《こっかく》と悲壮《ひそう》沈欝《ちんうつ》な其|眼光《まなざし》を熟視《じゅくし》した時、優勝者と名のある掠奪者《りゃくだつしゃ》が大なる敗者《はいしゃ》に対して感ずる一種の恐怖を感ぜざるを得なかった。関翁が曾て云われた、山中で山葡萄《やまぶどう》などちぎると猿《さる》に対して気の毒に思う、と。本当だ。山葡萄をちぎっては猿に気の毒、コクワを採《と》っては熊に気の毒、深林を開いてはアイヌに気の毒なのも、自然である。そこで余は思った、熊|一変《いっぺん》せばアイヌに到らん、アイヌ一変せば日本人《シャモ》に到らん、日本人《シャモ》一変せば悪魔に到らん。余はアイヌを好む。尤も熊を好む。
 天幕を出る時ぽと/\落ちて居た雨は止《や》み、傘《かさ》を翳《さ》す程にもなかった。炭焼君《すみやきくん》の家で昼の握飯《にぎりめし》を食って、放牧場《ほうぼくじょう》の端《はし》から二たび斗満|上流《じょうりゅう》の山谷《さんこく》を回顧し、ニケウルルバクシナイに来ると、妻は鶴子を抱《だ》いて駄馬《だば》に乗った。貢君《みつぎくん》が口綱《くちづな》をとって行く。後から仔馬《こうま》がひょこ/\跟《つ》いて行く。時々道草を食って後《おく》れては、遽《あわ》てゝ駈《か》け出し追《おっ》ついて母馬《はは》の横腹《よこはら》に
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