ん》の調査をやって居るのである。別天地の小生涯《しょうせいがい》、川辺《かわべ》に風呂《ふろ》、炊事場《すいじば》を設け、林の蔭に便所をしつらい、麻縄《あさなわ》を張って洗濯物を乾《ほ》し、少しの空地《あきち》には青菜《あおな》まで出来て居る。
茶の後、直ぐ川を渡って針葉樹林の生態《せいたい》を見に行く。濶《はば》五|間《けん》程の急流に、楢《なら》の大木が倒れて自然に橋をなして居る。幹を踏み、梢《こずえ》を踏み、終に枝を踏む軽業《かるわざ》、幸に関翁も妻も事なく渡った。水際《みぎわ》の雑木林に入ると、「あゝ誰れか盗伐《とうばつ》をやったな」と林学士が云う。胡桃《くるみ》が伐《き》ってある。木の名など頻に聞きつゝ、針葉樹林に入る。此林特有の冷気がすうと身を包《つつ》む。蝦夷松《えぞまつ》や椴松《とどまつ》、昔此辺の帝王《ていおう》であったろうと思わるゝ大木|倒《たお》れて朽ち、朽ちた其木の屍《かばね》から実生《みしょう》の若木《わかぎ》が矗々《すくすく》と伸びて、若木其ものが径《けい》一尺に余《あま》るのがある。サルオガセがぶら下ったり、山葡萄《やまぶどう》が絡《から》んだり、其《それ》自身《じしん》針葉樹林の小模型《しょうもけい》とも見らるゝ、緑《りょく》、褐《かつ》、紫《し》、黄《おう》、さま/″\の蘚苔《こけ》をふわりと纏《まと》うて居るのもある。其間をトマムの剰水《あまり》が盆景《ぼんけい》の千松島《ちまつしま》と云った様な緑苔《こけ》の塊《かたまり》を※[#「さんずい+回」、第3水準1−86−65]《めぐ》って、流るゝとはなく唯|硝子《がらす》を張った様に光って居る。やがて麓《ふもと》に来た。見上ぐれば、蝦夷松椴松|峯《みね》へ峰《みね》へと弥《いや》が上に立ち重なって、日の目も漏《も》れぬ。此辺はもう関《せき》牧場《ぼくじょう》の西端になっていて、林《りん》は直ちに針葉樹の大官林につゞいて居るそうだ。此永劫の薄明《うすあかり》の一端に佇《たたず》んで、果なくつゞく此深林の奥の奥を想う。林学士は斯く云うた、北見、釧路、十勝に跨《またが》る針葉樹の処女林《しょじょりん》には、アイヌを連れた技師技手すら、踏み迷うて途方《とほう》に暮るゝことがある、其様《そん》な時には峰を攀《よ》じ、峰に秀《ひい》ずる蝦夷松椴松の百尺もある梢に猿《ましら》の如く攀じ上《のぼ》
前へ
次へ
全342ページ中199ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング