隣村の千里眼に見てもらったら、旧家主《もとやぬし》の先代のおかみの後身《こうしん》だと云うた。夥しい糞尿をしたり、夜は天井をぞろ/\重い物|曳《ひ》きずる様な音をさせてあるく。梅雨《つゆ》の頃、ある日物置に居ると、パリ/\と音がした。見ると、其処《そこ》に卵の殻《から》を沢山入れた目籠に、彼ぬしでは無いが可なり大きな他の青大将が来て、盛に卵の殻を食うて居るのである。見て居る内に、長持の背《うしろ》からまた一疋のろ/\這い出して来て、先のと絡《から》み合いながら、これもパリ/\卵の殻を喰いはじめた。青黒い滑々《ぬめぬめ》したあの長細い体《からだ》が、生《い》き縄《なわ》の様に眼の前に伸びたり縮んだりするのは、見て居て気もちの好いものではない。不図見ると、呀《あっ》此処《ここ》にも、梁《はり》の上に頭は見えぬが、大きなものが胴《どう》から下《した》波うって居る。人間が居ないので、蛇君等が処得貌に我家と住みなして居るのである。天井裏まで上ったら、右の三疋に止まらなかったであろう。彼は其日一日頭が痛かった。
ある時栗買いに隣村の農家に往った。上塗《うわぬり》をせぬ土蔵《どぞう》の腰部《ようぶ》に幾個《いくつ》の孔《あな》があって、孔から一々縄が下って居る。其縄の一つが動く様なので、眼をとめて見ると、其縄は蛇だった。見て居る内にずうと引込んだが、またのろ/\と頭を出して、丁度他の縄の下って居ると同じ程《ほど》にだらりと下がった。何をするのか、何の為に縄の真似をするのか。鏡花君の縄張に入る可き蛇の挙動と、彼は薄気味悪くなった。
勇将の下に弱卒なし。彼が蛇を恐れる如く、彼が郎党《ろうとう》の犬のデカも獰猛《どうもう》な武者振をしながら頗る蛇を恐れる。蛇を見ると無闇《むやみ》に吠《ほ》えるが、中々傍へは寄らぬ。主人《あるじ》が勇気を出して蛇を殺すと、デカは死骸の周囲《まわり》をぐる/\廻って、一足寄ってはワンと吠《ほ》え、二足寄っては遽《あわ》てゝ飛びのいてワンと吠え、ワンと吠え、ワンと吠え、廻り廻って、中々傍へは寄らぬ。ある時、麦畑に三尺ばかりの山かゞしが居た。山かゞしは、やゝ精悍《せいかん》なやつである。主人が声援《せいえん》したので、デカは思切ってワンと噛みにかゝったら、口か舌かを螫《さ》されたと見え、一声《いっせい》悲鳴《ひめい》をあげて飛びのき、それから限なく口から白
前へ
次へ
全342ページ中144ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング