其時は一丈もあろうと思うた程の大きな青大将の死んだのを路の中央に横たえて恐れて逡巡する彼を川の中から手を拍《う》って笑った。兄が腹を立て、彼の手を引きずる様にして越えようとする。大奮発して二足三足、蛇の一間も手前まで来ると、死んで居る動かぬとは知っても、長々と引きずった其体、白くかえした其段だらの腹《はら》を見ると、彼の勇気は頭の頂辺《てっぺん》からすうとぬけてしもうて如何しても足が進まぬ。已むを得ず土堤《どて》の上を通ろうとすれば、悪太郎が川から上って来て、また蛇を土堤の上に引きずって来る。結局如何して通ったか覚えぬが、生来斯様な苦しい思をさせられたことはなかった。彼の従弟《いとこ》は少しも蛇を恐れず、杉籬《すぎがき》に絡《から》んで居るやつを尾をとって引きずり出し、環《わ》を廻《まわ》す様に大地に打つけて、楽々《らくらく》と殺すのが、彼には人間以上の勇気神わざの様に凄《すさま》じく思われた。十六歳の夏、兄と阿蘇《あそ》の温泉に行く時、近道をして三里余も畑の畔《くろ》の草径《くさみち》を通った。吾儘《わがまま》な兄は蛇払《へびはらい》として彼に先導《せんどう》の役を命じた。其頃は蛇より兄が尚|恐《こわ》かったので、恐《お》ず/\五六歩先に立った。出るわ/\、二足行ってはかさ/\/\、五歩往ってはくゎさ/\/\、烏蛇、山かゞし、地もぐり、あらゆる蛇が彼の足許《あしもと》から右左に逃げて行く。まるで蛇を踏分けて行くようなものだ。今にも踏《ふ》んで巻きつかれるのだと観念し、絶望の勇気を振うて死物狂《しにものぐるい》に邁進《まいしん》したが、到頭直接接触の経験だけは免れた。阿蘇の温泉に往ったら、彼等が京都の同志社で識《し》って居た其処の息子が、先日川端の湯樋《ゆどい》を見に往って蝮《まむし》に噛まれたと云って、跛をひいて居た。彼の郷里では蝮をヒラクチと云う。ある年の秋、西山に遊びに往って、唯有《とあ》る崖《がけ》を攀《よ》じて居ると、「ヒラクチが居ったぞゥ」と上から誰やら警戒を叫んだ。其時の魂も消入る様な心細さを今も時々憶い出す。

       三

 村住居をする様になって、隣は雑木林だし、墓地は近し、是非なく蛇とは近付になった。蝮はまだ一度も見かけぬが、青大将、山かゞし、地もぐりの類は沢山居る。最初は生類御憐みで、虫も殺さぬことにして居たが、此頃では其時の気分次第、
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