う》のおかみが大急ぎで乾し麦や麦からを取り入れて居る。
北の硝子窓《がらすまど》をしめて、座敷の南縁に立って居ると、ぽつりと一つ大きな白い粒《つぶ》が落ちて、乾いて黄粉《きなこ》の様になった土にころりところんだ。
「来たぞ、来たぞ」
四十五歳の髯男《ひげおとこ》、小供か小犬の様に嬉《うれ》しい予期《よき》気分《きぶん》になって見て居ると、そろそろ落ち出した。大粒小粒、小粒大粒、かわる/″\斜《はす》に落ちては、地上にもんどりうって団子《だんご》の様にころがる。二本松のあたり一抹《いちまつ》の明色は薄墨色《うすずみいろ》に掻《か》き消されて、推し寄せて来る白い驟雨《ゆうだち》の進行《マアチ》が眼に見えて近づいて来る。
彼は久しく羨《うらや》んで居た。熱帯を過ぐる軍艦の甲板で、海軍の将卒が折々やると云う驟雨浴《しゅううよく》「総員入浴用意!」の一令で、手早く制服《ふく》をぬぎすて、石鹸《しゃぼん》とタオルを両手に抓《つか》んで、真黒の健児共がずらり甲板に列んだ処は、面白い見ものであろう。やがて雷鳴電光よろしくあって、錨索大《いかりづなだい》の雨の棒が瀑布落《たきおと》しに撞々《どうどう》と来る。さあ、今だ。総員|鶩《あひる》の如くきゃッ/\笑い騒いで、大急ぎで石鹸を塗る、洗う。大洋の真中で大無銭湯が開かれるのだ。愚図々々すれば、石鹸を塗ったばかりの斑人形《まだらにんぎょう》を残して、いたずらな驟雨《しゅうう》はざあと駈《か》けぬけて了う。四方水の上に居ながら、バケツ一ぱいの淡水《まみず》にも中々ありつかれぬ海の子等に、蒸溜水の天水浴《てんすいよく》とは、何等贅沢の沙汰であろう。世界一の豪快《ごうかい》は、甲板の驟雨浴であらねばならぬ。
不幸にして美的百姓氏は、海上ならぬ陸上に居る。熱帯ならぬ温帯に居る。壮快限り無い甲板の驟雨浴に真似られぬが、自己流の驟雨浴なら出来ぬことは無い。やって見るかな、と思うて居ると、妻児が来た。彼は手早《てばや》く浴衣をぬいで真裸になり、突《つ》と走り出て、芝生の真中に棒立ちに立った。
ポトリ肩をうつ。脳天まで冷やりとする。またぽとり。ぽと/\ぽと/\。其たびに肩や腹や背が冷やり/\とする。好い気もちだ。然しまだ夕立の先手で、手痛くはやって来《こ》ぬ。
「此れをかぶっていらっしゃいな」
と云って、妻は硝子《がらす》の大きな盂《はち》を
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