持て来た。硝子は電気を絶縁する、雷よけのまじないにかぶれと謂うのだ。諾《よし》と受取って、いきなり頭にかぶった。黒眼鏡をかけた毛だらけの裸男《はだかおとこ》が、硝子鉢《がらすばち》を冠って、直立不動の姿勢をとったところは、新式の河童《かっぱ》だ。不図思いついて、彼は頭上の硝子盂を上向けにし、両手で支《ささ》えて立った。一つ二つと三十ばかり数《かぞ》うると、取り下ろして、ぐっと一気に飲み乾《ほ》した。やわらかな天水である。二たび三たび興に乗じて此大|觴《さかずき》を重ねた。
「もう上《あが》っていらっしゃいよ」
妻児が呼ぶ頃は、夕立の中軍《ちゅうぐん》まさに殺到《さっとう》して、四囲《あたり》は真白い闇《やみ》になった。電がピカリとする。雷《らい》が頭上で鳴る。ざあざあっと落ち来る太い雨に身の内|撲《う》たれぬ処もなく、ぐっと息が詰まる。驟雨浴《しゅううよく》もこれまでと、彼は滝《たき》の如く迸《ほとばし》る樋口《といぐち》の水に足を洗わして、身震いして縁に飛び上った。
上ると土砂降《どしゃぶ》りになった。庭の平たい甕《かめ》の水を雨が乱れ撲って、無数の魚児の※[#「口+僉」、第4水準2−4−39]※[#「口+禺」、第3水準1−15−9]《げんぎょう》する様に跳《は》ね上って居たが、其れさえ最早見えなくなった。
「呀《あっ》、縁《えん》が」
と妻《つま》が叫んだ。南西からざァっと吹かけて来て、縁は忽《たちまち》川になった。妻と婢《おんな》は遽《あわ》てゝ書院の雨戸をくる。主人は障子、廊下の硝子窓《がらすまど》をしめてまわる。一切の物音は絶えて、唯ざあと降る音、ざあっと吹く響《おと》ばかりである。忽|珂※[#「王+黎」、第3水準1−88−35]《からん》と硝子戸が響《ひび》いた。また一つ珂※[#「王+黎」、第3水準1−88−35]と響いた。雹《ひょう》である。彼はまだ裸であった。飛び下りて、雨の中から七八つ白いのを拾った。あまり大きなのではない。小指の尖《さき》位なのである。透明、不透明、不透明の核《かく》をもった半透明のもある。主人は二つ食った。妻は五六個食った。歯が痛い程冷たい。
座敷の縁は川になった。母屋《おもや》の畳は湿《しと》る程吹き込んだ。家内は奥の奥まで冷たい水気がほしいまゝにかけ廻《ま》わる。
「あゝ好《い》い夕立だ。降れ、降れ、降れ」
斯う呼わ
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