誰やらが嘆息する。
 時分《じぶん》だから上れと云わるゝので、諸君の後について母屋の表《おもて》縁側《えんがわ》から上って、棺の置いてある十畳の次ぎの十畳に入る。頭の禿《は》げた石山氏が、黒絽の紋付、仙台平の袴で、若主人に代って応対《おうたい》する。諸君と共に二列に差向って、饌《ぜん》に就く。大きな黒塗の椀に堆《うずたか》く飯を盛ってある。汁椀《しるわん》は豆腐と茄子《なす》と油揚《あぶらあげ》のつゆで、向うに沢庵《たくあん》が二切つけてある。眼の凹《くぼ》い、鮫の歯の様な短い胡麻塩《ごましお》髯《ひげ》の七右衛門爺さんが、年増《としま》の婦人と共に甲斐※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]しく立って給仕《きゅうじ》をする。一椀をやっと食い終えて、すべり出る。

       二

 柿の木蔭《こかげ》は涼しい風が吹いて居る。青苔《あおごけ》蒸《む》した柿の幹から花をつけた雪の下が長くぶら下って居る。若い作男が其処にあった二台の荷車を引きのけ、大きな鍵《かぎ》で土蔵の戸前を開けて、蓆《むしろ》を七八枚出して敷いてくれた。其れに座《すわ》った者もある。足駄ばきのまゝ蹲《しゃが》んで話して居る者もある。彼は納屋《なや》の檐下《のきした》にころがって居る大きな木臼《きうす》の塵を払って腰かけた。追々人が殖《ふ》えて、柿の下は十五六人になった。
「何《なん》しろむつかしい事がありゃ一番に飛び込もうと云うンだからエライや」
「全くだね。寺本さんはソノ粕谷の人物ばかりじゃねえ、千歳村の人物だからね」
と紺飛白《こんがすり》で何処やら品《ひん》の好い昨年|母《おふくろ》をなくした仁左衛門さんが相槌をうつ。「俺《おら》ァ全くがっかりしちまった。コウ兄か伯父《おじ》見たいで、何と云いや来ちゃ相談したもンだからな。今後《これから》何処へ往って相談したらいゝんだか――勘さん、卿《おめえ》の所へでも往くだね」と縞《しま》の夏羽織を着た矮《ちいさ》い真黒な六十爺さんの顔を仁左衛門さんは見る。爺さんは黙って左の掌《てのひら》にこつ/\煙管《きせる》をはたいて居る。
「寺本さんも、こちとら見たいに銭《ぜに》が無かったから何だが、あれで金でも持って居たらソラエライ事をやる人だったが」と隅の方から誰やら云うた。
「他《ひと》が死にゃ働くなンか全くいやになっちまうね」まだ若い組の
前へ 次へ
全342ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳冨 健次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング