浜田の金さんが云う。
「いやになったって、死にゃえゝが、生命《いのち》がありゃ困っちまうからな」
故人の弟達や縁者の志《こころざし》だと云って、代々木の酒屋の屋号《やごう》のついた一升徳利が四本持ち出された。茶碗と箸と、それから一寸五分角程に切った冷豆腐《ひやどうふ》に醤油をぶっかけた大皿と、輪ぎりにした朝漬《あさづけ》の胡瓜《きゅうり》の皿が運ばれた。皆|蓆《むしろ》の上に車座になった。茶碗になみ/\と酒が注《つ》がれた。彼も座って胡瓜の漬物をつまむ。羽織袴の幸吉さんが挨拶に来た。故人の弟である。故人は丈高い苦《にが》み走った覇気満々たる男であったが、幸さんは人の好さそうな矮《ちいさ》い男だ。一戸から一銭出した村香奠《むらこうでん》の礼を丁寧に述べて、盃を重ぬべく挨拶して立つ。
「幸さん一つ」と誰やらが茶碗をさす。
「酒どころかよ、兄貴が死んだンだ、本当に」と来た時から已《すで》に真赤な顔して居た辰爺さん――勘さんの弟――が怒鳴る。皆がドッと笑う。
「兄貴が死んだンだ、本当に、酒どころかよ」と辰爺さんは呟《つぶや》く様に繰りかえす。
皆好い顔になって立上った。村中で唯一人《ただひとり》のチョン髷の持主、彼に対してはいつも御先生《ごせんせい》と挨拶する佐平爺さんは、荒蓆《あらむしろ》の上にころり横になって、肱枕《ひじまくら》をしたが、風がソヨ/\吹くので直ぐ快《い》い気もちに眠ってしまったと見え、其|腫《は》れぼったい瞼《まぶた》はヒタと押《おっ》かぶさって、浅葱縞《あさぎじま》の単衣の脇《わき》がすう/\息つく毎に高くなり低くなりして居る。
三
母屋の方では、頻に人が出たり入ったりして居る。白襦袢、白の半股引、紺の腹掛、手拭を腰にさげた跣足《はだし》の若い衆は、忙しそうに高張の白提灯《しらちょうちん》の仕度をしたり、青竹のもとを鉈《なた》で削《そ》いだりして居る。
二人|挽《びき》の車が泥塗《どろまみれ》になって、入って来た。車から下りた銀杏返の若い女は、鼠色のコオトをぬいで、草色の薄物《うすもの》で縁に上り、出て来た年増《としま》の女と挨拶して居る。
「井《いど》は何処ですかな」
抓《つか》んだ手拭で額の汗を拭き/\、真赤になった白襦袢の車夫《くるまや》の一人が、柿の木の下の群《むれ》に来て尋ねる。
「井かね、井は直ぐ其《その》裏《う
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