農家の一大事は、奉公男女の出代《でがわ》りである。田舎も年々人手が尠《すく》なく、良い奉公人は引張り合《あい》だ。近くに東京と云う大渦《おおうず》がある。何処へ往っても直ぐ銭《ぜに》になる種々の工場があるので、男も女も愚図※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《ぐずぐず》云われると直ぐぷいと出て往って了う。寺本さんの作代《さくだい》は今年も勤続《つづく》と云うが、盆暮の仕着せで九十円、彼様《あん》な好い作代なら廉《やす》いもンだ、と皆が羨む。亥太郎さんの末の子は今年十二で、下田さんの子守《こもり》に月五十銭で雇《やと》われて行く。下唇《したくちびる》の厚い久《ひさ》さんは、本家で仕事の暇を、大尽の伊三郎さん処《とこ》で、月十日のきめで二十五円。石山さんが隣村の葬式に往って居ると娘が駈《か》けて来て、作代が逃げ出すと云うので、石山さんは遽《あわ》てゝ葬式の場から尻《しり》引《ひ》っからげて作代引とめに走って行く。勘さんの嗣子《あととり》の作さんは草鞋ばきで女中を探してあるいて居る。些《ちと》好《よ》さそうな養蚕《かいこ》傭《やとい》の女なぞは、去年の内に相談がきまってしまう。メレンスの半襟《はんえり》一かけ、足袋の一足、窃《そっ》と他《ひと》の女中の袂《たもと》にしのばせて、来年の餌《えさ》にする家もある。其等の出代りも済んで、やれ一安心と息をつけば、最早彼岸だ。
 線香、花、水桶なぞ持った墓参《はかまいり》が続々やって来る。丸髷《まるまげ》や紋付は東京から墓参に来たのだ。寂《さび》しい墓場にも人声《ひとごえ》がする。線香の煙が上る。沈丁花《ちんちょうげ》や赤椿が、竹筒《たけづつ》に插《さ》される。新しい卒塔婆《そとば》が立つ。緋《ひ》の袈裟《けさ》かけた坊さんが畑の向うを通る。中日は村の路普請《みちぶしん》。遊び半分若者総出で、道側《みちばた》にさし出た木の枝を伐り払ったり、些《ちっと》ばかりの芝土を路の真中《まんなか》に抛《ほう》り出したり、路壊《みちこわ》しか路普請か分からぬ。

       四

 四月になる。愈《いよいよ》春だ。村の三月、三日には雛《ひな》を飾る家もある。菱餅《ひしもち》草餅《くさもち》は、何家でも出来る。小学校の新学年。つい去年まで碌《ろく》に口も利《き》けなかった近所の喜左坊《きさぼう》が、兵隊帽子に新らしいカバン
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