のこ》の類が上《のぼ》される。ふかい秋のもの哀しい風味がある。
 晩《おそ》夏の一日、私が奥社に詣でたとき、逆川のほとりの茶店に、新聞紙の上に一杯黄色い小さな蕈《きのこ》を干しているのを見た。傍にはグリムの物語にでも出てきそうな老婆がぼつねんと坐っていた。私が何と云う蕈《きのこ》かと尋ねると、これは楡《にれ》の木に生えるものですと答えた。少し分けてくださいと頼むと、気持よく承知してくれた。
 老婆がもう店を閉じるから、よかったら里まで御一緒に行きましょうかと云う。老婆の里と云うのは、戸隠中社のことである。
 私が待っているからお婆さん早く支度をしなさいと云うと、品のいい顔立のその老婆は、いささかあざけるようにして云った。
「わしは足が早いからすぐに追いつきやす、一足さきにおいでなして」
 老人《としより》のくせにと私は意外に思った。山路をものの十分と行かぬうちに、後の方で声がする。振り返って見ると、老婆は店の品物でも入れたらしい大きな風呂敷包を肩にして、飛ぶように歩いてくる。木曾地方で軽サンと云う袴、あの立つけ袴をはいて、思いなしか腰のあたりもすっくりのびたようである。
「随分早かった
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