月夜のあとさき
津村信夫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蕈《きのこ》と
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)所謂|素人《アマチュア》で、
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「戸隠では、蕈《きのこ》と岩魚に手打蕎麦」私がこのように手帖に書きつけたのは、善光寺の町で知人からきかされたのによる。
岩魚は戸隠山中でもそう容易には口に這入らない。岩魚釣を専門にしている、さる農家の老人をひとり知っているが、その他に所謂|素人《アマチュア》で、ひそかに釣に出るような人もある。
一日歩いて骨折ってみても、まずこんなものですよと云って、石油の空缶をのぞかせて呉れたのは、山の写真屋の隠居であった。空缶のなかには膚の美しい岩魚が、僅か二疋だけ泳いでいるにすぎなかった。
水の綺麗なところを選ぶこの川魚は、いささか神秘に属するものかもしれない。
足の悪い老人は、今朝から牧場のあたりから川に沿ってきたのだと云って、額の汗をふいていた。
「土地の人はこうして水を飲むのですよ」と云って、笹の葉を一枚舟の形に折って、私にも美しく澄んだ水を飲ませてくれた。
秋には坊の食膳にかならず蕈《き
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