それが下手な鏝《こて》細工みたいに、桃色のまだらになってるからたまらない、なんだい君の顔は!
どうしたんだい、君の顔は! 冗談じゃない!
二人の声でふりむいたガイドは、声を合わせてウァッハッハと笑った、私たちもたまらなくなってウァッハッハと笑った、ウァッハッハはクーロアールに反響して、ゴーンと陰気にこだまをかえす、と、エコーにつれて、夏の短か夜はしらじらと明けかかる、もう午前五時であった。なだらかなフィルンはもういつのまにか足元になった。
もうフィンシュテラールホルンはシュトラールエックの尾根の上に、錐《きり》みたいにそびえていて、そしてその左に落とすアウトラインが、薄紅く光りだした、と思うとほとんど同時に、オックスや、そのアレトのうしろに、頭だけ見えるグリューンホルンにも、さっと朝日が反射した。私たちが一様にグレッチェルグラスをかけたのは、それからまもないことで、朝の日の溶け込んだ青空の下に、一面にまっ白な楯をついたクーロアールをよじ登るには、それなしには目がちらちらして、がまんにも歩けなかった。
頭の上には、雪のはげた山稜が仰がれる、そのギザギザにくずれ落ちた岩の裾から、末広がりにこのクーロアールがすべっている、その間々には、急な岩角がまっ黒に背を出して、取っつけそうな斜面を、いくつにも隔てておる、私たちは、ヘッスラーの意見で、ずっと右寄りに、グロース・ラウテラールホルンの方に近いクーロアールを登って行く、まるでアリでもはって行くように。
いくら登っても雪ばかりで、右へ、右へと、岩に隔てられた道をとって、――左側はなおさらに急に鐫《え》ぐれているので、――もう足下になったシュレック・フィルンから、三時間半も登って、やっといくらか岩の現われた、山稜に近い急斜まで来た。この間には、ふりかえって朝日にきらめく山々を、撮影するために二、三度立ち休みしただけで、ろくに足を動かす余地もない急なクーロアールには、ゆっくりと腰をおろすような場所は少しもない。
岩角には、まだ氷が下がっている。私たちは手袋をはずして、いよいよ|岩登り《クレッテライ》をはじめた。洞穴のようにえぐれた窓の左をめがけて、雪の急斜に飛び出した岩の鼻にしがみつくと、ロープを出来るだけ延ばして、ヘッスラーがはいずってゆくのを、ただ見ていてもはらはらする、ずいぶんきわどい岩登りをやって、もうアレトの
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