」、第4水準2−88−74]を吐《つ》くか。」と思って、ます/\心に描《か》いた女の箔が褪《さ》めた思いがした。
 私は、あの古い外套《とんび》を形《かた》に置いて、桜木の入口を出たが、それでも、其れも着ていれば目に立たぬが、下には、あの、もう袖口も何処も切れた、剥げちょろけの古い米沢《よねざわ》琉球の羽織に、着物は例の、焼けて焦茶色になった秩父銘仙の綿入れを着て、堅く腕組みをしながら玄関を下りた時の心持は、吾れながら、自分の見下げ果てた状態《ざま》[#「状態」は底本では「状熊」]が、歴々《ありあり》と眼に映るようで、思い做しばかりではない、女中の「左様なら! どうぞお近い内に!」という送り出す声は、背後《うしろ》から冷水を浴せ掛けられているようであった。
 昨夜《ゆうべ》は、お宮の来るのが、遅いので、女中が気にして時々顔を出しては、「……いえ。あの娘《こ》のいる家は、恐ろしい慾張りなもんですから、一寸でも時間があると、御座敷へ出さすものですから、それで斯う遅くなるのです。……本当にお気の毒さまねえ。でも、もう追付け参りましょうから。」と詫びながら柔かいお召のどてらなどを持って来て貸し
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