けられるかと、犇々《ひしひし》と感じながら、
「ふむ/\。」と、独り肯《うなず》き/\唯それだけの手紙を私はお宮が、
「それは何?」
と、終《しまい》に怪しんで問うまで、長い間、黙って凝視《みつ》めていた。それ故文句も、一字一句覚えている。
お宮にそう言われて、漸《やっ》と我れに返って、「うむ。何でもないさ!」と言って置いて、早速降りて行って、女中を小蔭に呼んで訳を話すと、女中は忽ち厭あな顔をして、
「そりゃ困りますねえ。手前共では、もう何方《どなた》にも、一切そういうことは、しないようにして居るんですが、万一そういうことがあった場合には、私共女中がお立て換えをせねばならぬことになって居るんですから。ですから其の時は時計か何か持ってお出になる品物でも一時お預りして置くようにして居りますが。」と、言いにくそうに言う。じゃ、古い外套《とんび》だが、あれでも置いとこう、と、私が座敷に戻って来ると、神経質のお宮は、もう感付いたか、些《ちょい》と顔を青くして、心配そうに、
「何事《なに》? ……何《ど》うしたの? ……何うしたの?」と、気にして聞く。私は、失敗《しくじ》った! と、穴にも入り
前へ
次へ
全118ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング