日だ、私は百日の間辛抱して食っていた。
 お前達の方では、これまでの私の性分を好く知り抜いているから、あゝして置けば遂に堪らなくなって出て行くであろう、という量見《かんがえ》もあったのだろう。が私はまた、前《さき》にも言ったように、自然《ひとりで》に心が移って行くまで待たなければ、何うする気にもなれなかったのだ。
 それは老母《としより》の身体で、朝起きて見れば、遠い井戸から、雨が降ろうが何うしょうが、水も手桶に一杯は汲んで、ちゃんと縁側に置いてあった。顔を洗って座敷に戻れば、机の前に膳も据えてくれ、火鉢に火も入れて貰った。
 段々寒くなってからは、お前がした通りに、朝の焚き落しを安火《あんか》に入れて、寝ている裾から静《そっ》と入れてくれた。――私にはお前の居先きは判らぬ。またお母さんに聞いたって金輪際それを明す訳はないと思っているから、此方《こっち》からも聞こうともしなかったけれど、お母さんがお前の処に一寸々々《ちょいちょい》会いに行っているくらいは分っていた。それゆえ安火を入れるのだけは、「あの人は寒がり性だから、朝寝起きに安火を入れてあげておくれ。」とでもお前から言ったのだろう
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