いない。……宇都宮が本当さ!」
「何時東京に出て来たの?」
「丁度、あれは日比谷で焼討のあった時であったから、私は十五の時だ。下谷に親類があって、其処に来ている頃、その直ぐ近くの家に其男《それ》もいて、遊びに行ったり来たりしている間に次第にそういう関係になったの。」
「その人も学校に行っていたんだろうが、その時分何処の学校に行っていたんだ?」
「さあ、よく知らないけれど、師範学校とか言っていたよ。」
「師範学校? 師範学校とは少し変だな。」私は、女がまた出鱈目を云っているのか、それとも、そう思っているのか、と、真個《ほんとう》に教育の有無《あるなし》をも考えて見た。
「でも師範学枚の免状を見せたよ。」
「免状を見せた。じゃ高等であったか尋常であったか。」
「さあ、そんなことは何方《どちら》であったか、知らない。」
「その人は国は何処なんだ。年は幾つ? 何と言うの?」
「熊本。……今二十九になるかな。名は吉村定太郎というの。……それはなか/\才子なの。」
「ふむ。江馬という人と何うだ?」
「そうだなあ、才子という点から言えば、そりゃ吉村の方が才子だ。」
「男振は?」
「男は何方も好いの。
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