柄、「まことにお気の毒さまねえ、今晩だけ他《ほか》な女《の》をお遊びになっては如何《いかが》です。他にまだ好いのもありますよ。」と言ってくれたが、私はお宮を見付けてから、もう他の女は※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じ向いて見る気にもならなかった。
 まだ浅い馴染とはいいながら、それまでは行く度に機会《おり》好く思うように呼べたが、逢いたいと思う女が、そうして他の客に連れられてお酉さまに行った、と聞いては、固より有りうちのことと承知していながらも、流石に好い気持はしなかった。そういう女を思う自分の心を哀れと思うた。
「いや! また来ましょう。」と其家《そこ》を出て、そのまゝ戻ったが、私は女中達に心を見透かされたようで、独りで恥かしかった。さぞ稍然《すごすご》として見えたことであろう。
 戸外《そと》は寒い風が、道路《みち》に、時々軽い砂塵埃《すなぼこり》を捲いていた。その晩は分けて電車の音も冴えて響いた。ましてお酉《とり》さまと、女中などの言うのを聞けば、何となく冬も急がれる心地がする。
「あゝ詰らない/\。斯うして、浮々《うかうか》としていて、自分の行末は何うなると
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