憎いような、また羨ましいような気がした。
「ひどい大学生だねえ。お母さんが――さぞ腹を立てたろう。」
「そりゃ怒りましたさ。」
「無理もない、ねえ。……が一体|如何《どん》な人間だった? 本当の名を言って御覧。」
女は枕に顔を伏せながら、それには答えず、「はあ……」と、さも術なそうな深い太息《ためいき》をして、「だから、私、男はもう厭!」傍《あたり》を構わず思い入ったように言った。「私もその人は好きであったし、その人も私が好きであったんですけれど、細君があるから、何うすることも出来ないの。……温順《おとな》しい、それは深切な人なんですけれど、男というものは、ああ見えても皆な道楽をするものですかねえ。……下宿屋の娘か何かと夫婦《いっしょ》になって、それにもう児があるんですもの。」
「フム。……じゃ別れる時には二人とも泣いたろう。」
「えゝ、そりゃ泣いたわ。」女は悲しい甘い涙を憶い起したような少し浮いた声を出した。
「自分でも私はお前の方が好いんだけれど、一時の無分別から、もう児まで出来ているから、何うすることも出来ない、と言って男泣きに泣いて、私の手を取って散々あやまるんですもの。――
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