方をして、それに無言の答えをしていた。けれども何処から使者が行ったかは気が付いていないらしい。
けれども、お宮はあの通り隠れると言ったから、本当にいなくなるかも知れぬ。若し矢張りいるにしても、いなくなると言って置いた方が事がなくって好い。無残々々《むざむざ》と人に話すには、惜いような昨夕《ゆうべ》であったが、寧《いっ》そ長田に話して了って、岡嫉きの気持を和《やわら》がした方が可い。と私は即座に決心して、
「例のは、もう居なくなるよ。二三日《にさんち》あと一寸《ちょいと》行ったが、彼女《あれ》には悪い情夫《おとこ》が付いている。初め大学生の処に嫁に行っていたなんて言っていたが、まさか其様《そん》な事は無いだろうと思っていたが、その通りだった。その男を去年の十二月から、つい此間《こないだ》まで隠れていたんだが、其奴がまた探しあてて出て来たから二三日中にまた何処かへ隠れねばならぬ、と言って記念に持っていてくれって僕に古臭いしごき[#「しごき」に傍点]なんかをくれたりした。……少しの間面白い夢を見たが、最早《もう》覚めた。あゝ! あゝ! もう行かない。」
笑い/\、そう言うと、長田は興ありそうに聞いていたが、居なくなると言ったので初めて、稍《やや》同情したらしい笑顔になって、私の顔を珍らしく優しく見戍《みまも》りながら、
「本当に、一寸だったなあ。……そういうようなのが果敢き縁《えにし》というのだなあ!」
と、私の心を咏歎するように言った。私もそれにつれて、少しじめ/\した心地になって、唯、
「うむ!」と言っていると、
「本当にいなくなるか知らん? そういうような奴は屡《よ》くあるんだが、其様なことを言っても、なか/\急に何処へも行きゃしないって。……そうかと思っていると、まだ居ると思った奴が、此度行って見ると、もういなくなっている、なんて言うことは屡くあることなんだから。」と、長田は自分の従来《これまで》の経験から割り出したことは確だと、いうように一寸首を傾けて、キッとした顔をしながら半分は独言のように言った。
私は、凝乎《じっ》と、その言葉を聞きながら顔色を見ていると、
「その内是非一つ行って見てやろう。」という心が歴々《ありあり》と見える。
「或はそうかも知れない。」と私はそれに応じて答えた。
暫時《しばらく》そんなことを話していたが、長田は忙しそうであった
前へ
次へ
全59ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング