処に斯うしていても、何とも言うに言えない失態《ぶざま》が未だに身に付き纏うているようで、唯あの土地を、思っても厭な心持がする。ナニ糞! と思って了えば好いのだが、そう思えないのは矢張りお宮に心が残るのであろう。と、ふっと自分が可笑《おかし》くもなって、独り笑いをした。
後はまた、それからそれへと種々なことを取留めもなく考えながら、呆然《ぼんやり》縁側に立って、遠くの方を見ると、晩秋《あき》の空は見上げるように高く、清浄《きれい》に晴れ渡って、世間が静かで、冷《ひい》やりと、自然《ひとりで》に好い気持がして来る。向の高台の上の方に、何処かの工場の烟であろう? 緩く立迷っている。
それ等を見るともなく見ると、私は、あゝ、自分は秋が好きであった。誰れに向っても、自分は秋が好きだ/\、と言って、秋をば自分の時節が回《めぐ》って来たように、その静かなのを却って楽しく賑かなものに思っていたのだが、此の四五年来というもの、年一年と何《ど》の年を考え出して見ても楽しい筈であった其の秋の楽しかったことがない。毎年《いつ》も唯そわ/\と、心ばかり急がしそうにしている間《ま》に経って行って了う。分けて此の秋くらい、斯うして斯様《こん》なに寂しい思いのするのは、初めて覚えることだ。何よりも一つは年齢《とし》の所為《せい》かも知れぬ。白髪《しらが》さえ頻りに眼に付いて来た。加之《それに》段々、予期していたことが、実際とは違って来るのに、気が付くに連れて、世の中の事物《もの》が、何も彼も大抵興が醒めたような心持がする。――昨夕《ゆうべ》のお宮が丁度それだ。あゝいう境遇にいる女性《おんな》だから、何うせ清浄《きれい》なものであろう筈も無いのだが、何につけ事物を善く美しゅう、真個《ほんと》のように思い込み勝ちな自分は、あのお宮が最初からそう思われてならなかった。すると昨夕から今朝にかけて美しいお宮が普通《あたりまえ》な淫売《おんな》になって了った。口の利きようからして次第に粗末《ぞんざい》な口を利いた。自分の思っていたお宮が今更に懐かしい――。が、あのお宮は真実《ほんとう》に去《い》って了うか知らん? ――自分は何うも夢を真実と思い込む性癖《くせ》がある。それをお雪は屡※[#二の字点、1−2−22]言って、「あなたは空想家だ。小栗風葉の書いた欽哉《きんや》にそっくりだ。」と、戯談《からか》うよ
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