の勝った新らしい模様の友禅メリンスの小さい幕を被《き》せた電灯が朧ろに霞んで見える。
階下《した》では女中の声も更けた。もう大分前に表の木戸を降したらしい。時々低く電話を鳴してお宮を催促しているようであった。
やがてすうっと襖が開《あ》いて、衣擦れの音がして、枕頭《まくらもと》の火鉢の傍に黙って坐った。私は独で擽られるような気持になって凝乎《じっ》と堪えて蒲団を被ったまゝでいた。
女は矢張し黙って軽い太息《ためいき》を洩らしている。
私は遂々《とうとう》負けて襟から顔を出した。
女は雲のような束髪《かみ》をしている。何時か西洋の演劇雑誌で見たことのある、西洋《あちら》の女俳優《おんなやくしゃ》のような頭髪《かみ》をしている、と思って私は仰《あおむ》けに寝ながら顔だけ少し横にして、凝乎と微笑《わら》い/\女の姿態《ようす》に見惚れていた。
壁鼠とでもいうのか、くすんだ地に薄く茶糸《ちゃ》で七宝繋ぎを織り出した例《いつも》のお召の羽織に矢張り之れもお召の沈んだ小豆色《あずきいろ》の派手な矢絣の薄綿を着ていた。
深夜《よふけ》の、朧に霞んだ電灯の微光《うすあかり》の下《もと》に、私は、それを、何も彼も美しいと見た。
女は、矢張り黙っている。
「おい! どうしたの?」私は矢張り負けて静かに斯う口を切った。
「どうも遅くなって済みませんでした。」優しく口を利いて、軽く嬌態《しな》をした。
そう言ったまゝ、後は復《ま》た黙《だま》あって此度は一層強い太息《ためいき》を洩らしながら、それまでは火鉢の縁に翳《かざ》していた両手を懐中《ふところ》に入れて、傍の一閑張りの机にぐッたりと身を凭せかけた。そうして右の掌だけ半分ほど胸の処から覗《のぞか》して、襦袢の襟を抑えた。その指に指輪が光っていた。崩れた膝の間から派手な長襦袢が溢《こぼ》れている。
女と逢いそめてから、これでまだ四度《よたび》にしかならぬ。それが、其様《そん》な悩んだ風情を見せられるのが初めてなので、それをも、私は嬉しく美しいと自分も黙あって飽かず眺めていた。
けれども遂々辛抱しきれないで、復た、
「どうしたの?」と重ねて柔しく問うた。すると、女は、
「はあッ」と絶え入るように更に強い太息を吐いて片袖に顔を隠して机の上に俯伏して了った。束髪《かみ》は袖に緩く乱れた。
私は哀れに嬉しく心元なくなって
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