なって了った。お母《っか》さんと二人で種々《いろいろ》探して見たが遂に分らなかった。
そんな寂しい思いをしているからって、これが他の事と違って他人《ひと》に話の出来ることじゃなし、また誰れにも話したくなかった。唯独りの心に閉じ籠って思い耽っていた。けれどもあの矢来の婆さんの家へは始終《しょっちゅう》行っていた。後には「また想い遣りですか。……あなたが、あんまりお雪さんを虐《いじ》めたから。……またあなたもみっちりお働《かせ》ぎなさい。そうしたらお雪さんが、此度は向から頭を下げて謝《あやま》って来るから。……」などと言って笑いながら話すこともあったが、あの婆《ひと》は、丁度お前のお母さんと違って口の上手な人でもあるし、また若い時から随分種々な目にも会っている女だから、
「本当にお雪さんの気の強いのにも呆れる。……私だって、あゝして四十年連れ添うた老爺《じい》さまと別れは別れたが、あゝ今頃は何うしているだろうかと思って時々呼び寄せては、私が状袋を張ったお銭《あし》で好きな酒の一口も飲まして、小遣いを遣って帰すんです。……私には到底《とても》お雪さんの真似は出来ない。……思い切りの好い女《ひと》だ。それを思うと雪岡さん、私はあなたがお気の毒になりますよ……」
と言って、襦袢の袖口で眼を拭いてくれるから、私のことと婆さんのこととは理由《わけ》が全然《すっかり》違っているとは知っていながら、
「ナニお雪の奴、そんな人間であるもんですか。……それに最早《もう》、何《ど》うも嫁《かたづ》いているらしい。屹度それに違いない。」と言うと、婆さんは此度は思わせ振りに笑いながら、
「へ……奴なんて、まあ大層お雪さんが憎いと思われますね。まさか其様《そん》なことはないでしょう。……私には分らないが、……お雪さんだって、あれであなたの事は色々と思っているんですよ……。あの自家《うち》の押入れに預かってある茶碗なんか御覧なさいな。壊れないように丹念に一つ一つ紙で包んで仕舞ってある。矢張しまたあなたと所帯を持つ下心があるからだ。……あんなに細かいことまでしゃん/\とよく気の利く人はありませんよ。」と、斯う言い/\した。
私は、私とお前との間は、私とお前とが誰れよりもよく知っていると知っていたから婆さんがそんなことを言ったって決して本当にはしやしない。随分度々、お前には引越の手数を掛けたもの
前へ
次へ
全59ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング