損になるような人間に向っては、其様なことは、おくびにも出し得ない癖に、一文もたそくにならないやくざ[#「やくざ」に傍点]な人間だと思って、人を馬鹿にしやがるないッ。
と、忽ちそう感じて湧々《わくわく》する胸を撫でるように堪えながら、向の顔を凝乎と見ると、長田は、その浅黒い、意地の悪い顔を此方に向けて、じろ/\と視ている。
「彼奴も俺が口説いたら何うだろう。」と、いうその自暴糞《やけくそ》な出放題な言い草の口裏には、自分の始終《しょっちゅう》行っている蠣殻町で、此方が案外好い女と知って、しごきなどを貰った、ということが嫉けて嫉けて、焦《じ》れ/\して、それで其様なことを口走ったのだということが、明歴《まざ》と見え透いている。
そう思って、また凝乎と長田の顔色を読みながら、自分の波のように騒ぐ心を落着け落着けしていたが、饗庭は先刻その長田の言った言葉を聞くと、同時にまた気の毒な顔をして私を見ていたが、二人が後を黙っているので、暫時経ってから何と思ったか、
「あの人可いじゃありませんか。……私なんか本当に感服していたんですよ。感服していたんですよ。……」と、誰れにも柔かな饗庭のことだから、平常《ふだん》略《ほ》ぼ知っている私の離別に事寄せてその場の私を軽く慰めるように言う。
「えゝ、何うもそう行かない理由《わけ》があるもんですから。」と詳しく事情を知らぬ饗庭に答えていると、また長田が口を出して、
「ありゃ、細君にするなんて、初めから其様な気はなかったんだろう。一寸《ちょいと》家を持つから来てくれって、それから、ずる/\にあゝなったんだろう。」
と、にべも艶もなく、人を馬鹿にしたように、鼻の先で言った。
私は、成程、男と女と一緒になるには、種々《いろん》な風で一緒になるのだから、長田が、そう思えば、それで可いのだが、饗庭が、仮令その場限りのことにしても、折角そう言って、面白くも無い、気持を悪くするような話を和げようとしているのに、また面と向って、そんなことを言う、何という言葉遣いをする人間だろう! と思って、返答の仕様もないから、それには答えず、黙ってまた長田の顔を見たが、お宮のことが忌々しさに気が荒立っているのは分り切っている。そう思うと、後には腹の中で可笑くもなって、怒られもしないという気になった。で、それよりも寧《いっ》そ悄気《しょげ》た照れ隠しに、先達ての、
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