此間《こないだ》、有楽座に行った時には、此座《ここ》へお宮を連れて来たら、さぞ見素《みす》ぼらしいであろう、と思ったが、此席《ここ》では何うであろうか、と、思いながら、便所に行った時、向側の階下《した》の処から、一寸お宮の方を見ると、色だけは人並より優れて白い。
その晩、
「吉村という人、それから何うした?」と聞くと、
「矢張りそのまゝいるわ。」と、言う。
「そのまゝッて何処にいるの?」
「何処か、柳島の方にいるとか言っていた。……私、本当に何処かへ行って了うかも知れないよ。」と、萎れたように言う。
私は、居るのだと思っていれば、また其様《そん》なことをいう、と思って、はっと落胆しながら、
「君の言うことは、始終《しょっちゅう》変っているねえ。も少し居たら好いじゃないか。」と、私は、斯うしている内に何うか出来るであろうと思って、引留めるように言った。けれども女は、それには答えないで、
「……私また吉村が可哀そうになって了った。……昨日、手紙を読んで私|真個《ほんとう》に泣いたよ。」と、率直に、此の間と打って変って今晩は、染々《しみじみ》と吉村を可哀そうな者に言う。
そう言うと、妙なもので、此度は吉村とお宮との仲が、いくらか小僧いように思われた。
「へッ! 此の間、彼様《あん》なに悪い人間のように言っていたものが、何うしてまた、そう遽《にわ》かに可哀そうになった?」私は軽く冷かすように言った。
「……手紙の文句がまた甘《うま》いんだもの。そりゃ文章なんか実に甘いの。才子だなあ! 私感心して了った。斯う人に同情を起さすように、同情を起さすように書いてあるの。」と、独りで感心している。
「へーえ。そうかなあ。」と、私はあまり好い心持はしないで、気の無い返事をしながらも、腹では、フン、文章が甘いッて、何れほど甘いんであろう? 馬鹿にされたような気もして、
「お前なんか、何を言っているか分りゃしない。じゃ向の言うように、一緒になっていたら好いじゃないか。何も斯様《こん》な処にいないでも。」
そういうと女は、
「其様なことが出来るものか。」と、一口にけなして了う。
私は、これは、愈※[#二の字点、1−2−22]聞いて見たいと思ったが、その上強いては聞かなかった。
お宮のことに就いて、長田の心がよく分ってから、以後その事に就いては、断じて此方《こちら》から口にせぬ方が
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