ていた。ああして小綺麗なメリンス友禅の掛蒲団の置炬燵にあたりながら絽刺しをしていた容姿《すがた》が、明瞭《はっきり》と眼の底にこびりついて、いつまでも離れない。それにしても、あれは、何人が、ああさしておくのであろう? よもや背後《うしろ》に誰もついていないで、気楽そうにああしていられるはずがない。
そんなことを思うと、身を煎《い》られるような悩ましさに胸の動悸が躍って、ほとんどいても起《た》ってもいられないほど女のことが思われる。
そして、もう悪性の流行感冒に罹《かか》っても構わない、もし、そんなことにでもなったら、かえって身を棄《す》て鉢《ばち》に思いきったことが出来る、生半《なまなか》に身を厭えばこそ心が後れるのだ、誰か男が背後《うしろ》についているにちがいないとすれば大抵夜の八時九時時分には女の家に来ているであろうと、そのころを見計らって、ほとんど毎夜のように上京《かみぎょう》の方から遠い道を電車に乗って出て来ては路次の中に忍んで、女の※[#「木+靈」、第3水準1−86−29]子《れんじ》の窓の下にそっと立っていた。そして、家の中から男の話し声が洩れはせぬか、その男の声が聴き
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