売の邪魔になるようなことをしたりするのであった。
女主人は、それでも私が長居をしていろいろ話をしている間にいくらかこちらの心中がわかって来たようであったが、いくたびも澱《よど》むように私の顔をじっと見ながら、
「今やからあんたはんに言いますけど、真相《ほんとう》はこうやのどす」といって、なお委《くわ》しく話して聞かせたところによると、こうであった。
母親や女主人から、三野村のような男にいつまでも係り合っていては後の身のためにならぬと喧《やかま》しくいうのと、お園自身でだんだんそれとわかって来て、その後自分の方からはなるたけ男に遠ざかるようにしていたのであった。するとちょうどそのころ初めて私と知るようになった。その年春の終りから夏の半ばまで三月ばかりもいて私が東京に帰ってからも引きつづき絶えず手紙の往復をしているうち、秋になって女から急に体の始末について相談をしかけて来た。もちろんそのことはこちらから進んでそうするつもりであったから、こちらでも必死になって金の工夫をしてみたけれどついに思うだけの金は出来なかった。それで、自分の方ではそう急にといってはとても金の策はつかない。はなはだ残
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