知って一年ばかり経《た》ってから女には、京都に土着の人間で三野村という絵師で深い男があるということを聞いたので、その後京都に往って女に逢った時、軽く、
「三野村という人とは相変らず仲が好いのかい?」と戯弄《からか》うようにいって気を引いてみた。
すると女は顔色も変えずに、
「あの人たまあにどす。それに奥さんのある人やおへんか」と、鼻の先でこともなげにいってのけたことがあった。
女と三野村のことをいったのは後にも前にもそれきりであったのみならず、自分でもそれっきりその人間のことを考えてもみなかった。その男のことなど物の数にも思わなかったのである。
そういうと女主人は、
「ええ、そりゃおした。そやけど三野村さんはあの女よりお園さんの方がどのくらい好きやったか知れまへん。……それで揉めたのどす」といって、前に遡《さかのぼ》って彼らの交情の濃やかであった筋道を思い出して話すのであった。
その男ももとは東京か横浜あたりの人間で絵の修行に京都に来る時一緒に東から連れて来た女があった。それは以前から茶屋女であったらしく、京都に来ても京極《きょうごく》辺の路次裏に軒を並べている、ある江戸料理屋
前へ
次へ
全99ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング