《さ》し入れて、試みにそっとその硝子戸を押してみると五、六寸何のこともなくずうっと開きかけたが、ふっとそれから先戸が動かなくなったのが、どうやら誰か内側からそれを押えているらしく思われたので、こんどは二枚立っている硝子戸の左手の方を反対に右手に引こうとすると、それもまた抑《おさ》えたらしく開かない。どうしようかと思ってちょっと考えたが、一旦《いったん》押す手を止めておいて、その出窓が一尺ほどの幅になっているので、こんどは隣りの家の入口の方に廻って、その横手の方から、一と押しに力を入れて、ぐっと押すと、こちらの力が勝って、硝子戸は一尺ほどすっと開いた。そして内側をふっと見ると、向うの窓の下のところに、嬉《うれ》しや、彼女が繊細《かぼそ》い手でまだ硝子戸に指を押しあてたまま私の方を見て、黙ってにっこりとしている。その顔は病人らしく蒼白《あおじろ》いが、思ったよりも肥えて頬などが円々《まるまる》としている。近いころ髪を洗ったと思われて、ぱさぱさした髪を束ねて櫛巻《くしまき》にしている。小綺麗《こぎれい》なメリンスの掛蒲団《かけぶとん》をかけて置炬燵《おきごたつ》にあたりながら気慰みに絽刺《ろ
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