、隣家《となり》にいてそれとなく気のついている、女の平常《ふだん》のことを噂《うわさ》していたが、今じっと女の容姿《すがた》を打ちまもりながら心の中で、なるほど主人のいうとおり、今の彼女にはつくるの飾るのという気は少しもないものと見た。そして私もやっと口を切って、彼女に話しかけた。
「私も一伍一什《いちぶしじゅう》のことを話して、あんたにとくと聴いてもらいたいことは山ほどあるけれど、それをいい出す日になれば腹も立てねばならぬ、愚痴もいわねばならぬ。とても一と口や二た口では言い尽せぬし、あんたもそんな病後のことだから、それはまたの日に譲っておく。それで今こちらの親方から聴いたとおり、しかたがない好い機《おり》の来るまで辛抱しているつもりでいるから、あんたもその気でいてもらわねばならぬ」私は、あれほど、逢わぬ先は会ったらどうしてくれようと憤怒に駆られていたものが、そうして悄然と打ち沈んでいるのを面と向って見ると、打って変ったように気が弱くなってしまって、怨みをいうことはさておき、かえって、やっぱり哀れっぽい容姿《すがた》をしている女をいたわり慰めてやりたい心になった。
 すると彼女は私から
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