私も、あれほど会いたい、見たいと思っていながら、そうして面と顔を差し向ってみると、即座に何からいい出していいやらいいたいことがあり余って、かえって何にもいいえないような気がして、初心《うぶ》らしくただ黙っていると、主人は、小言のように、
「さあ、兄さんも何とか姉さんに言葉をかけてお上げやす」と言ったが、二人ともそのままやっぱり黙っていた。
 そこでかえってそこにいて用のない生酔いの婆さんが傍からまたしてもうるさく口出しをするのを、彼女も私も同じ思いで、神経に障るように自然と顔に表わしていた。主人はそれを払い退《の》けるように、
「お婆さんあんた、あっちい往《い》といでやす。あんた自分で関係せんというといやしたやないか」とたしなめておいて、女の方を見て言葉を改めながら、
「姉さん、今いろいろあんたはんから聞きました事訳《ことわけ》はあらまし私から兄さんにお話して兄さんも心よう納得してくりゃはりましたよって、それはどうぞ安心しておくれやす……」といって、しばらく間《ま》をおいて一層声に力を籠《こ》めて、
「その代り私がこうして仲に入って口を利きました以上は、姉さん今度また私にまでも※
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