ず》めてそういっているかと思うと、婆さんは、しきりに酒気を吐きながら、肴の皿《さら》を箸で舐《な》めまわして、
「当年、これで七十一になります。年は取ってますが、伜で話がわからなんだら、わたしが出て話します。私がこうというたら後に寄りまへん」婆さんは、皺だらけの腕を捲《まく》ってみせて、「まだまだ若いものではしょうむない。毎日私か小言のいい続けどす」まるで何を言っているのか、拘攣《こうれん》したように変なところに力を籠めて空談《くだ》を巻いている。
 合壁一つ隔てた女の家《うち》では、いつまでも母親ががみがみがなる声ばかりが聞えていた。すると、やがて、越前屋の主人はどうしたのか、その母親を宥めすかしながら連れて戻って来た。そして優しい言葉で、
「お母さん、どうぞこちらへ。長うお手間は取らしまへんよって、ちょっとここでお待ちやしてとくれやす」といって、主人は自分で手まめに次の間から座蒲団などを取って来て、母親にすすめた。
 私は、母親の入って来たのを見ると、まるで敵《かたき》同士なので、ぷいと立ってそこを外《はず》そうとすると、主人は、
「ああ、兄さんもどうぞそこにいてとくれやしたらよろ
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