ら、中から潜戸を閉めておいて狭い通り庭をずっと奥へ進むと、茶の間と表の間との境になっている薄暗い中戸のところに、そこまで客を送り出したものと見えて女がひとりで立っている。
 そして出し抜けに私がはいって来たのを見て、
「ああ!」と慴《おび》えたように中声を発して、そのままそこに立ち竦《すく》んだ。
 私は、いい気味だというように強《し》いて笑いながら、
「お園さん、一遍あんたに会いたいと思っていたのだ」と、つとめて優しくいいつつ、私はそのまま茶の間へ上がって、火鉢の手前にどっかと坐ってしまった。
 女はそこらをかたづけていたらしかったが、もう、おずおずしながらしかたなく自分も上にあがって、向うの方に膝《ひざ》を突きながら、
「あんたはんが今ここへ来ておくれやしたんでは、私、どない言うてええかわかりまへん」と悄然《しおしお》としてふるえ声にいう。その眼は何ともいえない悲痛な色をして私を見ている。
 私は、気味がいいやら、可愛いやらである。
 そこへ、がらがらと表の潜戸の開く音がして、母親が戻って来た。

     三

 私は、入って来た時、よっぽど、あの潜戸の猿を落して、母親に閉め出し
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