たので、それを幸いと、そこの入口に身を忍ばせて上《あが》り框《かまち》に腰を掛けながら、女の家から人の出てゆくのをやり過していると、
「えらい御馳走《ごちそう》さんどした」と口々に礼をいって、何か彼か陽気な調子で話しながら、ぞろぞろ出て来た。こちらは堅くなって息を詰め、両方の家の中から幽《かす》かに洩《も》れてくる灯《ひ》の明りに、路次の敷石をからから踏み鳴らしながら帰ってゆく人影を見張っていると、闇《くら》がりでよく分らぬが、女はお茶屋のおかみらしく、中央《まんなか》に行くのが男で、背が高い。はてな、旦那ならばこうして一緒に帰ってゆくはずもなかろうと思っていると、一番|後《あと》の女と並んで、何かひそひそと話しながらゆくのは母親である。私は、
「ああ、母親のやつめ、出てゆく。そこの路次の出口まで客を送り出すのであろう。きっと、すぐ帰ってくるので、潜戸を開けたままにしているかも知れぬ」
と、早速気がついて、それらが闇がりに路次の角を曲ったのを見済ましておいて、入口のところに来てみると、はたして潜戸を開け放しにしている。
私は、うまくしてやったりと心にうなずきながら、つっと内へ入りなが
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