立《たちど》まって「ははあ」とばかりその様子を見ながら、心の中で、「今まで言っていたことは何もかも皆な※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》ばかりであった。やっぱり女もこの家にいるにちがいない」と独《ひと》りでうなずいて、
「もうこうして居処《いどころ》を突き留めた以上は大丈夫である。これから一と思いに踏み込んでやろうか」と思ったが、いやいや長い間の気の縺《もつ》れに今は精神が疲労しきっている。今すぐ、あの戸を叩《たた》いては、また仕損じることがあってはいけない。あの家《うち》の中に女が潜んでいると知ったら安心である。あえて急ぐには及ばぬ。ゆっくり心を落ち着けて、精神の疲労を回復した上で話に取りかかっても遅しとせぬ。そう思案をして、そのままそっと路次を引き返して表の通りの方へ出て来た。そして早く一応宿へ帰って、積日の辛苦を寛《くつろ》げようと思って電車の方に歩いてくると、去年の十二月の初めから、空漠《くうばく》とした女の居処を探すためにひょっとしたら懊悩の極、喪失して病死しはせぬだろうかと自分で思っていた、その居処を突き留めた悦《よろこ》びやら悲しみやらが一緒に込み
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