せ卑しい勤めをしているのであるから、いろんな男に近づきはあるにちがいない。どんな男があっても構わぬ。自分は猜疑《さいぎ》もしなければ、嫉妬もせず、ただ一と筋に真情《まごころ》を傾けて女の意のままに尽してやってさえいれば、いつかはこちらの真情が向うに徹しなければならぬ。ことさらにああいう稼業《かぎょう》の女はそんな嫉妬がましいことをいう男に対して厭気をさすのである。そう思って私は、三野村という男のことを全く知らぬこともなかったけれど、そんなことは彼女に向って戯談《じょうだん》にもあまり口に出したことはなかったのである。また私自身にしても、そんなことを思ってみるさえ堪えられない焦躁《もどか》しさに責め苛《さいな》まれるので、そんな悩ましい欝懐《おもい》をばなるべくそのままそっと脇へ押しやっておくようにしておいたのであった。が、今女あるじから初めて、入り組んだその男のことを聞くにつけ思い起したのは、去年の五月のころ女の家にいた時仏壇の奥から出て来た写真の和服姿の男がそれであろうと、そう思うと、その男と彼女との仲の濃《こま》やかな関係がはっきり象《かた》を具《そな》えて眼に見えて来た。私はちょうど沸《に》え湯《ゆ》を飲んだように胸が燃えた。
 女主人は、私の今の胸の中を察してか、察せずしてか、今度は私の方を見ながら、
「そりゃ三野村さん死なはった時には可哀そうにおしたで」と私をまで誘い込むようにいうのであった。「けども死んだらあきまへんなあ。あんなに惚れていて死んでしもて……」
 私はもう火を吹くような気持で、
「そしてお園の方でもやっぱりその男には惚れていたのですか」と、言葉だけは平気を装って確かめるように訊《き》いてみた。
「そりゃあお園さんかて惚れてはりましたがな。商売を止めたらお園さん自分でも三野村さんの奥さんになることに極《き》めておったのどす」女主人は当然のことを語るようにいう。
 私の胸の中はますます引っ掻きまわされるようになった。そして、まさかそんなこととは夢にも知らずあくまでも女を信じきっていた自分の愚かさが、真面目に考えるにはあまりに馬鹿げていて、このうえなお女主人や若奴のいる前で腹を立てた顔を見せるのが恥の上塗りをするようで私はどこまでも弱い気を見せずに、
「だって三野村にはほかに女があったというじゃありませんか」といってみた。
 自分がはじめて彼女を
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