るで二十《はたち》余りの女のように柔和である。顔から容姿《すがた》から、とてもそんな年寄りとは思えない。これがその昔祇園街で全盛を誇った薄雲太夫の後身かと思うと、私は妙な好奇心にも駆られながら、そう打ち融けた言葉をかけられたのを機会《しお》に、
「は、どうぞ、ご免なさいまし」
といって、さっと起って長火鉢のこちら側まで進んで小婢《おちょぼ》のなおした座蒲団の上に坐った。
 色気のない束髪に結って、何かしら野暮な物を着た大柄で上品に見える女主人は柔和な顔で、二、三日前に持っていった物の礼をいったり、今までいつ訪《たず》ねて往っても留守がちであったりしたことを言って「こんな商売をしてますよって、朝は遅うおすし、昼からは毎日お詣《まい》りにゆくか、そでなけや活動が好きでよう活動見に往きますよって、いつも夜の今時分からでないと家《うち》にいいしまへんもんどすさかい」と、若い声でいっていた。
 私は、多年情海の波瀾《はらん》を凌《しの》いで来た、海に千年山に千年ともいうべき、その女主人と差し向いに坐っていると、何だか、あまりに子供じみた馬鹿らしいことをいい出すのが気恥かしいようで、妙に自分ながら硬《かた》くなって口ごもっていると、そこへ外から今帰ったらしい若い妓《おんな》が一人出てきて、
「ただ今」といいながら長火鉢の傍に寄った。
 女主人はそっちを向いて、
「おかえりやす」と返事しながら何か二言三言話していたが、また私の方を見て、
「あんたはん、この妓《ひと》を知っといやすやろ」という。
 私はちょっと思い出せないので小頸を傾けながら、その妓の顔をまじまじと見ていると、向うではよく知っていると思われて、
「よう知っています」といいながら、私の顔を見て笑っている。十八、九ばかりの小柄な妓《おんな》であるが口元などの可愛い、優しい容姿《すがた》をしている。女主人も笑いながら、
「なあ、よう知ってやすはずどすがな」といって、私の顔を見ている。
 私はこんな美しい妓《こ》に知っていられる覚えがないというよっに、なおもしきりに頭を傾けていると、女主人が、
「お園さんと一緒にようあんたはんに招《よ》ばれて往かはりましたがな、若奴《わかやっこ》さんどすがな」といったので、私はやっと思い起した。そして四、五年前に較《くら》べると全く見違えるほど成人した若奴の大人びた容姿を呆れたように見まも
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