であった。そして心の中で、どうか、これが真実の母子でなくってくれたら好い、何かしかるべき人が内証の落胤《らくいん》とでもいうのであったならば……というような空想を描いたことも事実であった。が、そう思うたびにいつでもそれを、そうでないと、語っているかのごとく、私に考えさするのは二人の耳の形であった。それは、二人とも酷《ひど》く似た殺《そ》ぎ耳であって、その耳の形が明らかに彼らの身の薄命を予言しているかのごとく思われていた。
そして今、越前屋の主人が女から聞いて来たとおりに真実なさぬ仲であるならば、これまでに幾倍してひとしお可愛さも募る思いがするとともに、今人手に取られたようになっている女を自分の手に取り返す見込みも十分あるのであるが、主人の聞いて来た話によって、私はやや失望の奈落《ならく》から救い上げられそうな気持になりかけながら、そうなるとまた一層不安な思いに襲われて何だかあの耳一つが気にかかってくる。
「そうですかなあ……なるほどそういえば、顔容《かおかたち》にどこといって一つ似たところはないのですが」と、いって私は心に思っている耳の話をして、「始終親子でいい諍《あらそ》いすることのあるのは、私もよく見て知っていますが、その口喧嘩のしぶりから見ると、どうも真実の母子でなかったら、ああではあるまいかと思われることもあります」
私は、彼女の家に逗留していた時分の二人のしばしば物の言い合いをしていた様子を、つとめて思い起すようにしてみた。そして、その真偽いかんに彼女自身のいうことの真偽いかんが係っていると思った。越前屋の主人は、
「さあ、そんな以前のことは、私も、どや、よう知りまへんけど、姉さんは今自分でそういうてはりました。……うたがや、どっちでも疑えますけど、姉さんが泣き泣きいうのをみると、やっぱり貰われたのが本間《ほんま》どすやろ。しかし酷《ひど》いことをする親もあるもんどすなあ……そんなの芸子にはめずらしいこともおへんけど、あの商売にそんな酷いことをする親はまあたんとはおへんなあ」主人は肝腎《かんじん》の話を忘れてしきりに思い入ったようにいう。
「わたし聞きまへん。この年になるけど初めてや」と、強く頭振《かぶ》りをふって呆れている。
主人はさらに涙に湿った声をひそめながら、
「もう此間《こないだ》から何かこれには深いわけがあるにちがいないから、母親のおらん
前へ
次へ
全50ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
近松 秋江 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング