た土地であった。それは東山の麓《ふもと》に近い高みになっていて、閑雅な京都の中でも取り分けて閑寂なので人に悦《よろこ》ばれるところであった。
三
その前の年の冬に東京から久しぶりに女に逢いにいった時にも、やはりその家へ泊ったが、私はその時分のことを忘れることが出来ない。急に会って話したいことがあるから来てもらいたいという手紙を、女からよこしたので、一月の中ごろであった、私は夜の汽車で立っていった。スチームに暖められた汽車の中に仮睡の一夜を明かして、翌朝早く眼を覚《さ》ますと、窓の外は野も山も、薄化粧をしたような霜に凍《い》てて、それに麗《うら》らかな茜色《あかねいろ》の朝陽《あさひ》の光が漲《みなぎ》り渡っていた。雪の深い関ケ原を江州《ごうしゅう》の方に出抜けると、平濶《へいかつ》な野路の果てに遠く太陽をまともに受けて淡蒼《うすあお》い朝靄《あさもや》の中に霞《かす》んで見える比良《ひら》、比叡《ひえい》の山々が湖西に空に連らなっているのも、もう身は京都に近づいていることが思われて、ひとりでに胸は躍ってくるのであった。そして、幾ら遠く離れていても、東京にじっとしていれば
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