く並べていたが、そこには小さい仏壇もあった。私はそれに目をつけて、
「あの仏壇は?」
「あれも新しいのどす。お母はん、こっちゃへ来る時古い仏壇を売るのが惜しゅうて」女はそういってまた柔和に笑った。
 私も笑いながら立ち上って、その小さな仏壇の扉を開けて中に祀《まつ》ってあるものをのぞいて見た。一番中央に母子の者の最も悲しい追憶となっている、五、六年前に亡《な》くなった弟の小さい位牌《いはい》が立っている。そして、その脇には小さい阿弥陀《あみだ》様が立っていられる。私は何気なく、手を差し伸べてそれを取ってみようとすると、その背後《うしろ》に隠したように凭《も》たせかけてあった二枚の写真が倒れたので、阿弥陀様よりもその方を手に取り出してよく見ると、それは、どうやら、女の死んだ父親でも、また愛していた弟の面影でもないらしい。一つは立派な洋服姿の見たところ四十|恰好《かっこう》の男で、も一枚の方は羽織袴《はおりはかま》を着けて鼻の下に短い髭《ひげ》を生《は》やした三十ぐらいの男の立姿である。私はそれを手に持ったまま、
「おい、これはどうした人?」と、女の着物を畳んでいる背後《うしろ》から低い声
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