女のすらりとした姿が立っていた。そして、さっきとちがい頭髪《かみ》の容《かたち》もととのえ薄く化粧をしているのでずっと引き立って見えた。こうしてみると、たしかに佳《い》い女である。この女に自分が全力を挙《あ》げて惚《ほ》れているのは無理はない。こんな女を自分の物にする悦びは一国を所有するよりもっと強烈なる本能的の悦びである。
女は悠揚《ゆったり》とした態度で入ってきながら、
「えらい遅《おそ》なりました」と、一と口言ったきり、すこしもつべこべしたことはいわない。夕飯は済んだのかと訊くと、食べて来たから、何も欲《ほ》しくないという。翌日は一日、寒さを恐れて外にも出ずにそこで遊んでいたが、彼女は机に凭《もた》れて、遠くの叔母《おば》にやるのだといってしきりに巻紙に筆を走らせていた。桜の花びらを、あるかなきかに、ところどころに織り出した黒縮緬《くろちりめん》の羽織に、地味な藍色がかった薄いだんだら格子《ごうし》のお召の着物をきて、ところどころ紅味《あかみ》の入った羽二重しぼりの襦袢《じゅばん》の袖口《そでぐち》の絡《から》まる白い繊細《かぼそ》い腕を差し伸べて左の手に巻紙を持ち、右の手に筆
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